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208:決着3

 一瞬の戦闘、その決着は明確だった。無傷の俺と、軍刀と身体を両断されたオーウェン。明瞭すぎる差だった。


「オーウェンはもう戦えない。とっとと担いで帰れ、【静】」


 少しだけ大きな声で呼びかける。すると、物陰から【静】が顔を出す。【静】は軽く傷を塞ぐと、オーウェンを寝かせて俺の許へと歩いてくる。まさか、まだやる気か。


「あまり、怒っていないようだな」


 びっくりした。まさかこの男がそんな子供じみたことを聞いてくるとは。怒られると思ったらそうでもなかった時の子供のようだ。


「お前らはお前らのやるべきことをしただけだ。悩んだ末にな。オーウェンもお前も、好きで戦ってるわけじゃないだろう。もちろん俺も」


 そう。なんやかんや言って、オーウェンはリリィの事を仲間として認識していた。だからこそ、その剣筋には迷いと躊躇いが在り続けていた。最後の一撃すらも。


 彼の本気を受けたことがないから分からないが、もしその躊躇がなければ俺は負けていたかもしれない。


 だから、俺にも怒りは湧いてこなかった。悪意を以て、ただ自身の欲と利益のために俺の仲間を殺そうというのなら絶対に許さない。しかし、彼は、彼らは違うのだ。


 お互いに護りたいものがある。その経過で、ぶつかり合いが生じてしまっただけ。容赦も遠慮もしないけれど、怒ることはない。裏切り者と罵ることもない。


「貴様は、変わっているのだな」


「俺にはお前の恰好の方がよほど変わって見えるけどな」


 帽子とマントで執拗なまでに顔を隠している。まあ見られたくないのかもしれないしあまり指摘するのはよくないだろうか。まあこれくらいなら仕返しで済むだろう。


「そうか、変わって見えるか。では、貴様の前でくらいこの暑苦しい上着を脱ぐとするかな」


 案外、あっさり顔を見せてくれるようだった。この男の基準がよくわからない。マントを脱ぎ、帽子を取るとさらりと長い髪が現れる。


「お前……女か?」


 確かに、男にしては少し背が低いと思っていたのだ。マントと帽子で顔と体格を隠していたようだが、そういうことだったのか。


 パッと見は仕事のできる美人といった感じか。しかし、少し垂れた目がどこか温かみを感じさせる。


 戦場ではあんなに鋭く感じた眼光も、今見ると結構穏やかだ。テラスで紅茶でも飲んでいたら絵になりそうなものだが。


「しかし、お前リックって名前じゃなかったか?」


 確か、オーウェンがそう言っていたはずだ。普通女につける名前ではないはずだが、男を演じるために名乗る偽名だろうか。


「我、じゃなくて私の本当の名前はセルカです。リックっていうのは父の名前で。あ、これオーウェン君には内緒でお願いしますね」


「オーウェンも、お前の顔を見たことがないのか?」


 そんなことってあるだろうか。オーウェンの正気を少し疑う。果たして俺には顔を一度も見たことがない相手と何年も相棒として戦えるだろうか。


「はい、ちょっと恥ずかしくって。声もそれでごまかしてるんです」


 あの金属質な声は、女と悟られないようにするための措置だったのか。妙に硬い口調も。よくこの長い間それでやって来られたものだ。


「お前たち、いいコンビだな」


 話を聞いてみると、余計にそう思う。戦闘の相性だけでなく、この微妙なアンバランスさ、不器用さをうまく均衡させて保っている。誰とでもできることではない。


「私は、オーウェン君の後をついて行っているだけです。【影】なんてコードネームですけど、私は彼の裡にある光に憧れたので」


 この不安定な均衡を砕くのは、踏み出すと決めた彼、否、彼女自身であるべきだ。余計な手を出すような無粋な真似はさすがにしない。


 立ち去ろうとするセルカに問いかける。


「何故、俺に顔を見せた?」


「貴様が、一番オーウェンの仲間らしかったからだ。我が正気を失っていた時も、貴様が最もオーウェンの相棒のように振る舞っていた。彼を嫌いにならないでくれて、殺さないでくれて感謝する」


 既に帽子とマントを着込んでいた【静】は、いつも通りの金属質な声でそう言うとオーウェンを抱えて去っていった。


 その瞳の輝きは、以前よりも穏やかに見えた。

次回、209:帰還 お楽しみに!

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