19:殺戮の人形◇
リリィの魔力で屋上の跳ね上げ扉を吹き飛ばしてもらい、屋内に入る。しばらく放置されていたのか、屋根裏部屋にあたるであろうこの部屋は、埃の被った樽や木箱がずらっと並んでいた。
「せっかく正門を爆破したのに、こんなに音を立てて入ってもいいの?」
「多分、な」
俺が見つからないように鍵を壊してもよかった。が、これには理由がある。一箇所で騒ぎを起こしたとて、ここにいる全戦力が集中するわけではない。ならば、こちらでも大きな音を立て、ある程度人を集め、そして……。
「こうするのさ」
こちらの様子を伺おうと階段を上がってくる足音が聞こえたのと同時に、樽を転がす。さすがは危険物も扱うであろう軍の樽だ、適当に転がしても壊れる気配はない。
「うわ……」
遅れて聞こえる轟音と悲鳴。俺が次々に転がす樽が暴れ回り、階段下に集まった兵士たちは激しくしているようだ。これだけやれば十分だろう。そろそろ頃合いだ。
「それじゃ、俺たちも行くか」
「え……?」
リリィを樽に詰め、自分も中に入ると、そのまま階段を転がる。ガタガタ揺れる衝撃と気持ちの悪さは馬車のそれを数段上回っているが、これで敵の裏がかけるなら悪くはないだろう。
目が回るほどに転がって、そのまま息を潜める。しばらく樽が転がってこないことに安堵したのか、兵士たちは一斉に上階へと上がっていく。散々してやられたのだ、どうにかして一撃入れてやりたいと躍起になっているのだろう。
この階の人間がほとんどいなくなったのを確認してから樽から出る。リリィの方も開けて中から出してやると、リリィはいまだに目をぐるぐるさせていた。
「いて」
俺が目の前にいることに気付いたのか、鳩尾に鉄拳が叩き込まれる。それだけで何も言わないところを見ると、俺の作戦がうまくいったこと自体は評価してくれている。……のかもしれない。念のため今度何か奢ることにしよう。
屋根裏の兵士たちが戻ってこないうちに、本部の中を探索する。が、かなりの数を外に出しているのか、ほとんど人の気配がない。唯一騒がしさを感じるのは……。
「下の階?」
「みたいだな」
ようやく歩けるようになったリリィと、一階分階段を降りる。階段からそう遠くない部屋から騒ぎ声のようなものが聞こえた気がしたのだが……。今は妙に静かだ。不気味なほどに。
おかしい。静かすぎる。ついさっきまでこうではなかった。この静けさはまるで、死んでいるような。
「俺が先に入る。いざという時は俺ごと吹き飛ばせ」
リリィが頷いたのを確認して、扉を蹴り開ける。異変の中心は、絶対にここだ。
なにせ、ここだけ死の、血の匂いが強すぎるから。部屋の景色は想像の数倍凄惨だった。
鋭利な刃物で引き裂かれたような死体が、5人分。その中心、大きな上官用と思しき机の上に座っているのは、包帯まみれの女だった。
パサパサで伸びた前髪、全身血で滲んだ包帯を巻きつけて、どこか空虚に笑っていた。狂気と、どこか怒りのようなものを感じる。
「お前、何者だ……?」
いや、どこかで聞いたような。こんなふうに血みどろの殺人現場を残す魔術師、新聞か何かで見たことがあるはずだ。
「私はぁ、ハイネ・フェイル。ファルス皇国からきたんだよぉ。みんなにはねぇ……」
「殺戮の人形」
リリィが呟く。そうか、そうだった。残酷な殺しと、無機質な笑い声からそうあだ名された暗殺者。まさかファルス皇国からの刺客だったとは。
わざわざ革命を止めに来てくれたわけでもあるまい。協力関係にあった革命派とファルス皇国の間で争いになり、今の状況が生まれた、そう考える方が数段自然だ。
警戒を高める俺に対して、殺戮の人形ハイネの興味は俺ではなくリリィに向いていた。
「かわいい〜、お姫様みたいだねぇ。いいな、いいなぁ」
包帯が何重にも巻かれた腕がリリィに伸びる。リリィが退くのに合わせて俺も刀を抜き、ハイネに突きつける。
ただここを制圧するだけならよかった。だがこれは完全に想定外の非常事態だ。ここからどうにか状況を好転させるには、どうにか外から何かしらの戦力を引き摺り込むしかない。そしてそういう謀の適任は俺たちではない。
「ここでこいつを抑えてる。お前はアーツか、キャスを探して支援を頼んできてくれ」
剣士にせよ魔術師にせよ、今の俺でもすぐに死ぬということはない、そう思いたい。だから、ここが踏ん張りどきだ。
頷いたリリィが駆け出したのを確認すると、息を吸って刀を構え直す。リリィにはさっきの重力石を使った移動がある、早いところ誰かを見つけてくれるはずだ。
「なんで邪魔するのッ!!」
ハイネが大きく腕を振る。距離と、それから溢れた魔力からして、それがただ俺を殴打するつもりではないことは一瞬で分かった。が、魔術も何も見えない。迫るのは、恐ろしいほどの殺気だけ。
腕に力を込める。半分以上、これは勘だった。『何か』が来ると、俺が直感できたのはそれだけ。その一瞬あとに、刀にとてつもない衝撃が叩きつけられる。
まるで巨人の腕に殴られたかのような、激しい一撃。しかし、これは打撃ではない。刀身が欠けているところが五箇所ある。おそらくは刃、彼女は見えない斬撃を飛ばすのだ。
「あれぇ、【鏖殺の鎌】で斬れないなんて、変だねぇ」
ハイネの言う通りだ。この刀を鍛えた男には感謝しないと。だが、耐えたとはいえ一撃で刃が欠けるのは異常だ。二回三回と同じことが続くとは、考えない方がいいだろう。あまりやりたくなかったが、俺の身で受けるほかないかもしれない。
再びの斬撃。今度は左から。気配だけを頼りに、それらしいところに向けて腕を掲げる。
「……ッ!」
刃は消えた。やはり魔術は魔術、消し去ることはできるらしい。
が、刃を受けたところには薄くはあるが切り傷ができた。刃に押し除けられて鋭利になった空気にやられたのか、それとも何らかの理由で消去が遅れているのか、少なくとも無傷で消し去るというのも難しいらしい。
左腕を犠牲に隙は作れた。受けこそすれ、俺が魔術を消せるとは思っていなかっただろう。大きく腕を振って隙だらけのハイネに向かって、刀を振り上げる。
「まだ、ここでは死ねないからなぁ。バイバイ」
ぎょろりと目がこちらを向き、不自然な姿勢で窓へと走り出す。明らかに身体に大きな負荷のかかる動きだ。魔術で身体能力を強化していても、とてもやろうと思える動きではない。
俺としても想定外の動きで距離を取られる。だが、手段は一つではない。刀を放ると、懐の拳銃を抜いて俺の腕ごと撃ち抜く。
どうせ傷ついた左腕だ、こうやって使うのが一番いい。俺の血を纏った弾丸は、逃げようとするハイネの右肩に命中し、そして止まる。
バランスを崩したハイネは、そのまま窓にたどり着けずに壁に当たって崩れる。こんなに重要で危険な人間を、みすみす逃すわけにはいかない。
「なんで……なんで邪魔するかなぁ!」
乱暴にハイネが腕を振るう。と同時に、彼女の身体から血が溢れる。じわじわと白い包帯を、真っ赤な血が汚していく。分かりきってはいたが、そんなにもすぐ開く傷を抱えて戦っていたのか。
「死んでくれ、人形」
そんな同情は誰のためにもならない。俺を殺すだけだ。うずくまるその姿に哀れさを感じないわけではない。しかし彼女はファルス皇国の工作員で、アイラに跳梁する殺人鬼。ここで始末すべきだ。
「止まれ、アイラの魔術師。それ以上動けば命は保証しないぞ」
次回、20:リベレーター お楽しみに!
少し宣伝になりますが、X (Twitter)アカウントもぜひご覧ください!
各話の更新のお知らせやイラストの投稿などを主に行なっています!!ページ上部の作者プロフィールにリンクがあります!!




