204:対峙
「じゃあ俺は本国に報告に行ってくるよ。あとのことは特殊部隊と協力してよろしくね」
【滅】との戦闘が終わってしばらくして、アーツは一足先にアイラへ帰ってしまった。俺の、この嫌な予感はこういう時に限って絶対に当たる。
情けないが、こういう時にアーツがいないと不安になる。彼の万能感は、心に余裕をもたらしてくれる。
【滅】を魔力を封じる布で覆い、帝都まで連行する。研究所の魔力炉のことはとりあえず後回しにするとして、まずは【滅】の処置が先ということになった。
とりあえず封印しておくのはいいが、あまり長く封印してしまうと国の戦力が大きく削がれてしまう。
しかし、軍のトップが何者かに操られていたという事実が公表されればただでは済まない。それこそ反乱が起こったっておかしくない。
一年間は外征ということで誤魔化すことにしたらしい。俺達も、国には同じように報告する。封印されたなんて報告したら今の王なら攻めるだとか言い出しかねない。
そんなことをすれば、この大陸全体が終末に近づいてしまう。互いに飢えた状態の獣の戦いなんてものは大抵ロクなことにならない。
互いに必死で喰らいあい、最後には何も残らない。いや、そこに残るのは見るも無残な死体だけだ。
もし今戦争なんて起こせば、この大陸全体がそういう状態になる。そして、最終的に残った権力者に戦争の責任を押し付けられて首を切られる。そんなオチだろう。
だが、そんな終わりは御免だ。死ぬこと自体には抵抗はない。しかし責任の押し付け合いで死ぬなんてのはさすがに馬鹿らしすぎる。
俺に大した力はないが、ちょっと報告に嘘を混ぜるだけで戦争が避けられるならそれに越したことはない。
とりあえず戦争は避けられそうで助かったが、俺の懸念はこれだけではないのだ。おそらくそれは、俺にとって最も恐ろしい。この予感が当たってしまったら。
夜中、俺は用意された宿の廊下で、身体を休めつつ立っていた。来るなら、おそらく今日だ。今、このタイミングが最良だ。
「やはり来たか」
嫌な予感は、やはり当たってしまった。話を聞いた時からいずれこうなるのではないかと思っていたのだ。
分かってはいたのだ、俺達の正義は反立すると。避けようのない衝突があると。
「レイさん、そこを退いてはもらえませんか。あなたとは戦いたくない」
「それは聞けねぇお願いだ、オーウェン」
少しだけ申し訳なさそうな顔で立っていたのは、オーウェンだった。その目的は、もはや聞くまでもないだろう。
「あなた方には感謝しています、本当に。感謝してもしきれません。ですが、私は仁義に反してでも白き終焉を殺さなければならない」
オーウェンの態度に違和感を覚えて、俺も独自に調べたのだ。オーウェンが俺に伝えていない白き終焉の姿について。
白き終焉とは、神と反立する者だ。それ自体は間違っていない。しかし、もっと重要な意味がそこにはあったのだ。
それは、世界を滅ぼす最悪の悪魔。曰くそれはどの陣営にも属さず、しかし最強と言える力を振るう規格外の存在なのだとか。
本来、魔法というのは神の加護の力だ。つまりいずれかの陣営に属して神から加護を賜らなければまともに戦えないはずなのだ。しかし、白き終焉はそれを必要としなかった。地力で神にも迫る力を得たのだ。
それが白き終焉と呼ばれる者の本当に恐ろしい点。もとい、帝国が恐れている点だ。
おそらくオーウェンが決断したのは、【滅】を攻撃したあの時だろう。あの時俺に伝え損ねた白き終焉のもう一つの特徴。それこそが再生の阻害だ。
今までリリィの攻撃を受けて生きていられる者などいなかった。だから、気付けなかったのだ。【滅】ほどの生命力を持つ相手にしか、リリィの持つ特性は生かされなかったのだ。
そして、それは最悪のタイミングでわかってしまった。なぜ、この時でなければいけなかったのか。
「意見が割れたな。どうする」
「ただ幼子のように争えればよかったのですけどね。私たちは相手を乗り越える術を知ってしまった」
俺もオーウェンも刀を抜く。さすがにここでは影月は持ち出さないようだ。狭い室内ではあれは取り回しにくい。
そして一秒後、俺達は音もなく衝突した。
次回、205:対峙2 お楽しみに!




