表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/758

199:呪われた腕2

 そう言うと、【静】は俺達の前から姿を消す。霧に消えるのとも、突然姿がなくなるのとも違う。気が付いたら、いつの間にかいなくなっているのだ。彼の背中を、さっきまで見ていたはずなのに。


 目だけを動かして【静】の居所を探す。どこに行ったのだろうか。まさかあれだけの口上の後逃げるとも考えにくいし、どこかに隠れて攻撃の機会を窺っているのだろう。


 【滅】の精神は本人のものに戻り、今にも襲ってきそうだ。例えるならば火薬の詰まった袋。少し火花が散れば一瞬で爆発する。


「聖遺物【不可視の鋼腕】、神話顕現。【千の縛腕(アーマ・ミリア)】!」


 上空から声がしたかと思うと、次の瞬間【滅】の動きが硬直する。彼に巻き付いている腕が、わずかながらに見える。


 地面から湧き出るように現れた無数の腕が、【滅】の身体を押さえているのだ。さすがに驚異的な破壊力を誇る【滅】も、この数の腕には勝てないようだ。


「この腕は、ただ見えないだけではない。触れた相手から魔力を吸収することが出来るのだ。これでは隊長殿も苦しいだろう」


 【滅】は強いが、それは魔力を通して大地と繋がっているから。その魔力を奪ってしまえばその力は大きく減衰する。


「今なら、リリィの魔法も入るんじゃないか?」


「アイラの者よ、それはいけない。我のこの不可視の腕は、全てがこの左腕とリンクしているのだ。故に魔法で吹き飛ばせばこれが保たぬ」


 いいことばかりでもないようだ。ただ見えにくいだけで、そこにはちゃんと腕が存在している。それが全て連動しているのであれば破壊はまずい。


 どうにも、見えていないとそこにないように感じてしまうのはまだ視覚に頼っている部分が大きいという俺の弱点ゆえだろう。


 身体補強フィジカル・シフトで神経系を強化することもできるが、そうすると傷を負った時の衝撃が大きい。感覚で敵を知ることは必要なことなのだが、まだまだ時間がかかりそうだ。


「オーウェン、我は夜になるまでこうして耐えよう。陽が沈んだら貴様の領分だ、任せるぞ」


『あと何時間オレをコキ使うつもりだ!? ちったぁ休ませろってんだ』


 またギャーギャーと腕がわめく。力自体は頼もしいが、これは日常生活に影響が出そうだ。腕のせいで何かおかしなことに巻き込まれなければいいが。


 【滅】は全力で抵抗しているようだが、力が奪われているため満足に動けていない。魔力を吸収しているらしいし、これならば夜まで保ちそうだ。


「万物に恵みをもたらす大地の神よ。その怒り以て、咎人に絶望を。湧き上がれ、深淵の地よ」


 【滅】の詠唱とともに、微弱な魔力で紡がれた魔法陣は暗く輝いて回転を始める。それになにか恐ろしい雰囲気を感じて、魔法陣を消しに走る。


「一歩、遅かったな」


 【滅】が笑みを浮かべた次の一歩。それは、地を踏みしめることはなかった。脚が、膝までずぶりと沈み込んだのだ。


 抜こうと踏ん張ればもう片方の足が沈む。アーツに助けを求めたが、彼の鎖でも引き上げることはできなかった。


「あまり暴れるな、沈んでしまうぞ」


 【滅】の言う通り、動くと沈むのは事実だ。しかし、動かなくても徐々に沈んでいる。このままでは俺は生き埋めになってしまう。


「大地の神の権能を部分的に使えるからこそ発動する、厄介な魔術です。大地の陣営に仇なす者だけを沈める地獄。これのせいで私たちは身動きが取れません」


 船上にいる面々は安全だが、俺とオーウェンと【静】はかなりまずい状況だ。これではいくら【滅】を拘束できても話にならない。


 この物理的にも戦略的にも身動きが取れない状況。【滅】の底なしの力の前に、俺達は屈するしかないのだろうか。


「まあ、俺がやってあげようじゃないか」


 そう言うと、アーツは颯爽と地面に飛び降りる。しかし、彼の身体が沈むことはなかった。


「何故……沈まん」


「それは君が一番よくわかっているはずなんだけどなぁ。特定の人に害をなす人を沈めるなんて、そんなもので魔術が発動できるものか。魔術には必ず式があるのだから、相手の指定にはもう少し具体的なものが必要だ」


 なるほど。害をなす、というのは確かに抽象的で指定に使えるような条件ではない。付呪のやり方を教わるときに聞いた。


「では、何が条件だというのだ」


「敵意さ。つまりこの魔術は精神魔術と土魔術の複合なのさ。相手の思考を読み取り、敵意があればそれを沈める。確かにこの大地の変質は素晴らしい技だが、条件が甘かった」


 では、逆にアーツは【滅】に対して敵意を持っていないということなのか。無事に立っている以上、そうなのだろう。


「しかし、我らは隊長殿に敵意を持ったりしていない。何故発動するのか」


 【静】の指摘はごもっともだ。本当に敵意がないのかどうかは分からないが、この状況で嘘を吐く必要もない。本当のことを言っているのだろう。


「まさか、【滅】を操る術者への敵意が……!」


「鋭い。恐らくね」


 なるほど、【滅】の正常な思考力を奪い、傀儡に変えてしまった術者は、彼らにとっては憎らしい敵なのだろう。身体を乗っ取っている状態だから、実質的に同一人物と言っても過言ではないのだ。


「それと、【静】くん。神話顕現を解除したまえ、そろそろ君が死ぬぞ」


 いくらアーツでも、それは無理だろう。あの腕による弱体化がなければ一瞬のうちに部隊が壊滅してしまう。


 それに、魔力吸収で補給も十分なはずだから【静】の魔術はまだしばらく発動していてもいいだろう。何か、あるのだろうか。


「君のその魔術、全ての腕を君と聖遺物の中の二人で操作しているんだろう? 操るだけならよかったが、足まで取られてしまっては集中力も限界だろう。実際、制御できなくなった腕が数本脱落しているじゃないか」


 本当だ。確かに拘束が少し外れている。このまま継続すれば腕を弾き飛ばされてもおかしくない。


「さて、俺一人でどれだけ粘れるかね」

次回、200:死の大地 お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ