194:影月
展開された魔法陣から召喚されたのは、オーウェンの身長すら超える長い刀だった。支給の軍刀より反りがあり、少し分厚い。
くるくると回しながら軽く取り扱っているが、どう見ても重いだろう。魔力を身体能力強化にあまり割けないオーウェンが、そんなに重いものを持ってもいいのだろうか。決戦とはいえ、さすがに負担が大きそうだ。
「オーウェンさん、それ重くないんですか?」
「重いですが、この重さを利用して逆に巧く扱うことが出来るんです。訓練は必要ですが、慣れると速いですよ」
そう言うと、オーウェンは倉庫からリンゴを出してきて俺に投げるように頼んできた。狙いはだいたいオーウェンの前方5メートル程のところ。
軽く放ったリンゴが、風切り音と共に両断される。気付けばオーウェンが深く踏み込みその刀でリンゴを斬っていた。
鞘は後方に転がっているから、鞘を投げるように抜刀したのだろう。なにしろ身長を超えるほど長い刀だ、鞘を持ったままでは抜刀できない。
しかし、それにしても恐ろしい速さだった。音の後に踏み込みに気付くほど、意識の外で行われたような斬撃だったのだ。それに、あんな刀を一時的にとはいえ片手でブレなく扱うとは安定感も飛びぬけている。
これならば【滅】のことも両断できるだろう。長い刀身と超高速の斬撃、これならば斬ることが出来るだろう。
半分に斬ったくらいでは息の根を止めることはできないが、脚でも落とせば機動力は一時的にとはいえかなり奪うことができる。
ひ弱な軍刀では彼の骨や筋を断つことはできないだろう。少し扱ってみて分かったが、あれは基本的に魔導具としての役割がメインだ。刀として使うには少々貧弱だ。
おそらく、複数の付呪に耐えられる素材にするのと、軍の印にするのにこれは便利なのだろう。そう考えればなかなか悪くない。
しかし、影月はとても美しかった。黒曜石のような、昏い中にも輝きのある刀身だ。雲のない夜空のような透明感がある。
オーウェンが影月を一回転させ納刀したのを見て、その名に納得した。緩やかに、しかし鋭く黒の弧を描くその刀身は、まさに影の月。
その光景は一瞬だったが、しばらく残像のように俺の眼に焼き付いていた。何か心をすぅっと冷やすような、そんな気分がした。
「準備運動も兼ねて、少し打ち合わないか? 3割程度の力で軽ーくだ」
少し、影月に触れてみたかった。直接触れるとかではなく、その刃を近くで感じたかったのだ。
「いいですね。あと少しで帝都ですし、お互い気楽に行きましょう」
オーウェンがそう言うなり、俺は刀を抜いて出来る限りオーウェンの懐に飛び込もうと駆け出す。
それを牽制するように、オーウェンも影月を抜く。飛来した刃は今度こそ目で追いきれる速さだったが、遠心力で重さがかなり増している。刀だけで軽く受け流せるものではなかった。
身体を反らせるようにして刀を受け流すと、体勢を戻して再び走ろうとするが、その時にはもう追撃がすぐそこまで迫っている。
動きこそ大きいが、速度自体はかなり速いのだ。本来ならこの時点である程度離れるべきなのだが、そんなことはしていられない。俺の場合は離れたら負けだ。
高速で飛んでくる刃をギリギリのところで躱しながら、じわじわとオーウェンに近づく。実際、近づいた方が相手の行動の自由も奪えるのだ。
実際、リンゴを斬るときに放ったような突きに近い斬撃を一度も見せていない。この距離であれを使う意味がないし、あの体勢はおそらく一撃必殺を狙うようなものだ。この近距離ではリカバリーができない。
拮抗したこの状況を打破するには、どうにかしてこの高速の刀を止めなければ。手で掴んで無理矢理抑えるしかないか。
しかし、決意を固めた俺の左腕と影月に鎖が巻き付く。
「二人とも、『軽い』って前提はどこに行ったのかな? そろそろ決戦だよ、ケガはしないでくれたまえ」
次回、195:船首崩壊 お楽しみに!




