188:現世の地獄5
【縛】は穏やかに笑うと、折れた腕の補強のために巻いていた布を解いて自身に収める。【破】はしばらく戦闘はしないし、巻いておくのは邪魔なのだろう。
「恐ろしいだなんて、帝国軍に比べたら私の恐ろしさなんてかわいいものですわ」
「へえ、聞かせてもらおうじゃないか」
【縛】の言うことは、確かに真実だった。俺も、身体の中から聖遺物が出てくるなんていうのはおかしいと思っていたのだ。
彼女は、【夢幻の縛布】に適性があるかもしれないと、試験生として軍に召集された。一応これは任意ではあるのだが、父親が軍関係の仕事をしていたせいで断ることはできなかった。
【夢幻の縛布】は使い方によっては戦争にだって流用できる、最高クラスの汎用性を誇る聖遺物だ。その存在は、国力に大きく影響を与える。
ゆえに取られたのが聖遺物の内蔵という措置だ。簡単には奪われないように埋め込む。発想自体は理にかなっているが、使用者にとっては堪ったものじゃない。
500年程前の戦乱の時代とは違い、現代では魔術師の軍団同士が平原で衝突するというような戦争は多くない。もちろん兵団も出陣するが、戦況を決めるのは強力な術式を持った魔術師や禁呪使い、数は少ないが魔法使いと聖遺物使いだ。
魔法が失われ、個々の持つ魔術の力も時を経て弱まっていく中で、とびぬけて力の強い者という存在の重要度は日に日に高まっていく。
聖遺物を取られないため、身体に埋め込むくらいならばまだよかった。帝国軍は彼女にある爆弾を仕掛けたのだ。
それは、死後防衛。彼女が死んだ瞬間、聖遺物が身体に何重にも巻き付き聖遺物の核の部分を奪わせまいと繭のように盾を作るのだ。
そのために遺体に残存する魔力を全て吸い上げる。おそらく魔力不足と聖遺物の圧で、彼女は死ねばその遺体は激しく損壊されることだろう。
「まあ、いくら軍の悪行を告白したところで、君の邪悪さは変わらないんだけどね」
【縛】が過去何をされたかは関係ない。【破】に自分と同じような仕打ちをしたという事実は変わらないのだ。
「身体を丈夫にしているだけならまだいいとして、痛覚をかなり遮断しているし、思考力もある程度奪っている。完全に君の操り人形じゃないか」
【夢幻の縛布】、その力で縛れるのは身体や物だけではないのだ。ニクスロット王国で相対した【夢幻の毒布】の即効性の毒もそうだが、これを作った者は何を考えているのだろうか。
他の追随を許さないほどの天才だったに違いない。布を使った魔導具開発においては。さすが神代の遺産だ。
「それで、あなたは私の力を知ってなお、私に挑むというのですか?」
【縛】が冷たく微笑む。きっと、俺に勝てると思っているのだろう、思い上がりも甚だしい。
「調子に乗るなよ、君じゃ絶対俺には勝てない。挑むのは君の方だ」
「その増長、叩き潰してあげましょうか……!」
次回、189:現世の地獄6 お楽しみに!