17:ひと時の休息
砦にあった馬車に放り込まれ、そこまま逃走がはじまる。
全速力だからかなり揺れも激しく、その旅に身体中の傷が痛む。が、スピードを落としてくれなんて贅沢を言う余裕も元気もない。シャルとベルフォードを治したら、彼らはすぐにでも追ってくるだろう。
とはいえ揺れのせいで修復も捗らず、控えめに言っても最悪の気分だ。特に頭への強打はかなりダメージになったようで、壊れてはいけないところが壊れているのが、俺にもわかる。
そんな状態では考えることすら苦痛で、ただただ、眠ったように揺れに身を任せる。意識しないだけでもこの気持ち悪さは幾分かマシだ。今は生きていれば、それでいい。
朦朧とする頭で揺れを享受して、数十分。限りなく眠りに近い覚醒の中でも、だんだんとスピードと揺れが緩やかになっていくのは感じられた。そして馬車が完全に停止しても、どうにも目を開ける気にはならなかった。
「レイくんがかなり重傷だ。運んであげてよ」
アーツの声とともに身体が持ち上がり、ベッドかソファか、何か柔らかい床に着地する。久しぶりの安寧に、やっと身体を動かす気にもなる。
目を開けると、決してしっかりしたとは言えない造りの天井が見える。どうやら貧しい農村の家か、休憩用の適当な小屋のような建物に避難してきたらしい。
「レイ、大丈夫?」
リリィが顔を覗き込んでくる。大丈夫とはとても言えない状態だが、軽く左腕を持ち上げてそれに応える。俺の修復は体力と引き換え。今は立ち上がることすら面倒なくらいに疲弊してしまっている。
「僕だったら死んでたっすね、これ。とりあえずちょっとでも栄養を摂るっすよ」
そう言ってカイルが口にゆっくりとスープを流し込んでくれる。贅沢なものではない。むしろ場末の食事屋のような質素な味だが、今はそれも甘露のようだ。ぬるい液体が喉を通るたびに、体に活力が戻ってくるような、そんな感じがする。
そんなふうに介抱されながら、俺の頭から一つの事実が離れなかった。俺は俺の力を過信しすぎていた。疎ましく思いながらも、魔術を消し去る力は魔術師に対して超一級の武器になると、そう思っていた。
だが違う。俺より上手の魔術師に対してはそんなもの易々と乗り越えられてしまう。ハーツのように。挽回するためにも、今のままではいられない。最悪アーツに捨てられて縛り首、なんてこともあるかもしれないのだ。
「王都の状況は?」
「拮抗、と言っていいと思うっす。王国軍の動きが早かったおかげもあって被害は大きくないんすけど、やっぱり憲兵団の本部が一つ占領されてるのが大きいっすね」
「そう。今、この状況だからこそ、それを取り返しに行くのさ」
どこへ行っていたのか、アーツが部屋に入ってくる。彼の言うことはよくわかる。諸侯軍の進行を止め、革命派の作戦に大きな打撃を与えた今だからこそ、彼らの中心を叩くことに絶大な効果がある。
「王都に入ったら俺は親衛隊のちょっかいを徹底的に抑える。カイルとキャスは状況に合わせて全域のコントロールを頼むよ。そして本隊に突入するのは、リリィちゃんと……」
アーツの目が、俺を見つめる。正直二日三日動きたくないが、まだ余裕はギリギリ残してある。これだけあれば、なんとか。
「ああ、任せておけよ」
次回、18:飛翔 お楽しみに!