185:現世の地獄2
「誰だ、貴様」
眼前の少女が唸るように尋ねてくる。本当は俺を襲いたくて仕方ないのに、それを堪えて訊いているのだろう。倒す相手のことくらい知っておこうという心がけか、結構なことだ。
「君を出し抜いたレイくんの上司さ。彼と同じか、それ以上に強いから気をつけたまえ」
「そうか、では殺す。貴様を殺して次は奴だ」
どうやら、よほど彼のことを恨んでいるようだ。骨を折られたのがそんなに悔しいだろうか。
まあ、ありえない話ではない。何しろ世界最強のガーブルグ帝国、それの最高組織だ。敗北を知らないなんてこともあり得る。
何年生きてきたのかは分からないが、ここまで奉られてきて敗北するというのはなかなかに堪えることだろう。実際実力的にはかなり優れている、負けることもほとんどなかったのだろう。
不必要に肥大化した誇りはそれが崩れ去った時の反動も不必要に大きい。別に、彼女が悪いわけではない。この国そのものが、そういう傾向にあるのだ。
確かに、この国も彼女も強い。それこそ、世界の頂点に立てるほどに。しかし、それをへし折れる人間がこの世には何人かいる。いつの間にか、そのことを忘れてしまっているのだろう。
「灼き尽くしてやる」
多重の爆発と炎を推進力に少女が突撃してくる。さすがに素早く、もはや目で追いきれる速度ではなかったが、俺の持つ盾の前ではそれも意味をなさない。
星の輝きを受けた、絶対的な守り。以前の持ち主から聞いた話では、この禁呪は銀河そのものを擬似的に圧縮、再現したものなのだとか。それこそ世界を滅ぼすような攻撃でもない限り、これを砕くことはできない。
咆哮をあげながら滅茶苦茶に盾を叩いてくる少女は、まるで駄々をこねる子供のようだった。その単純な殺意が銀河一つを挟んでも伝わってくる。
これ以上殴らせてもいいことはない。こっそりと鎖を射出し、首を絞めて意識を奪う。これくらいならば、まだ大丈夫だ。
「まだ……だッ……!」
まさか、まだ意識を保っていられるとは。落とし方が足りなかったなんてことはない。正確に決まったはずだ。気力だけで起き上がっているのだろう。
盾を展開して、攻撃を間一髪のところで防ぐ。誇りをへし折られても、最強だという矜持が彼女を立たせているのだろう。
「貴様は、おかしい。貴様の部下は全員が欠陥品なのに、貴様だけは完成されている」
確かに。面白い点に気付いたと思う。特務分室は全員が欠陥品だ。人間は全員なにか欠点があるとか、そういう話ではない。
特務分室は、全員が破格でありながら全員がその力の半分も発揮できていない。劣化、隠蔽、喪失。いろいろ理由があるが、全員が欠けている。
そしてその反面、俺だけが完全だ。過信でも自惚れでもなく、事実として俺は完全なのだ。起源を辿れば面倒な話になるが、俺は、完成された魔術師なのだ。
「よく気付いた。褒美にこの力、見せてあげよう」
次回、186:現世の地獄3 お楽しみに!




