176:マシナリー・ノイズ
目が覚める。何時間気を失っていたのか。まだ身体には麻痺毒の痺れが残っているが、身体くらいは起こせるようになった。
リックはまだ気を失っているようだ。このあたりはいくらか空き家もあるからそこに一度入ろう。
リックを連れて空いている家を探し、鍵を壊して中に入る。念のため目が覚めたとき暴れないように柱に縛り付け、リックが目覚めるのを待つ。
ギリギリの戦いだった。もし毒の回るのがもう少し早ければ負けていたのは私だった。いくら影に溶け込むことで超高速で移動できようとも、軍刀を振るう腕が動かなければどうにもならない。
アイラから来た小さな少女、リリィに貰った腸詰を齧る。彼女からは何か異質なものを感じる。その正体はまだ分からない。だが、そのまま放っておいていいものでもない。
アイラ王国魔導遊撃隊特務分室。私たちガーブルグ帝国軍特殊部隊と同じような位置づけでありながら、その在り方に大きな違いを感じるのだ。
きっとそれは、私たちが人を棄ててしまったからなのだろう。国を守るため、人のままであることを選ばなかった。そこが一番の彼らとの違いだと思う。
そういう意味で言えば私は特殊部隊の中では特務分室寄りの人間なのだろうか。私はあの日戦うと決めてなお、まだ人である自分を捨てきれていない。
しかし、私と彼らも何か決定的に違うのだ。人ならざるものになりきれない私と、彼らの違うところ。
私にはまだよくわからなかった。もう少し、共に戦えばもしかしたらその正体が分かるかもしれない。
腸詰を食べ終え空腹も少し紛らわせたところで、斬り飛ばしたリックの左腕を見る。材質はやはりミスリル。人の腕のように精巧に作られている。
あの速度で両断したから切断面はかなり綺麗だ。断面を見てみるとうっすらとコーティングしてあるのが分かる。試しにごく低威力の【魔弾】を腕の表面に撃ってみると、触れた瞬間に弾ける。
「アダマンタイトか……?」
魔力を通しやすいミスリルから魔力が外に出ていくのを防ぐためなのだろうが、防御面も補えて一石二鳥だ。
よく見てみると指先だけは加工がされておらず、魔術も発動できるのが分かる。運用できればかなり便利そうだ。
しかし、リックが意識を失う時に出て来た雷のようなものは何だったのか。ただの魔力ではなかった。ただの魔力では切れた水道管のようになるはずだ。
雷のようになって飛び出てきたのには理由があるはず。腕に魔力を通そうとしたとき、不意に声をかけられる。
「やめておけ。まだお前がお前でいたいなら」
リックだった。表情はよくわからなかったが、どこか懐かしい、穏やかだが意思に満ちた目をしているように見えた。
「私が私でいたいなら……?」
「ああ。その『偽』腕は聖遺物、魔力を通せば最後、全身を徐々に喰い尽くされる呪いの腕だ」
慌ててしまい腕を取り落とす。引き寄せられるようにリックの許へ転がっていった腕を、踏みつけて動きを止めながらリックは続ける。
「我はあるとき左腕を大きく損傷してな、【滅】にこれを与えられた。軍に古くから伝わる聖遺物らしく、使用者もいなかったためこの侵食効果は知られていなかったのだ」
使用者を侵食する腕。そんなものが神話に登場していただろうか。出ていない聖遺物なんてよくある話だが、こんな珍しい効果のあるものが取り上げられないはずがないと思うのだが。
「もともと、ただ高性能な義腕だったらしい。ただこれの使用者の念が死に際して強く残り、最終的に魂が宿ってしまったのだとか」
「詳しいんだな」
「記憶を覗き見た。身体を乗っ取られている間、何もできず暇だったからな」
過去の怨念が、数千年の時を経て現代の人間の身体を奪うか。よほど何か、この世に未練を残しながら死んでいったのだろう。
それにしても、リックは大丈夫なのだろうか。どこかの任務で腕を失うほどの怪我を負っていたとは。特殊部隊に入ってから関わることが減ったが、そんな目に遭っていたとは。
しかし、これからどうしようか。リックをこのまま放ってはおけないが、特務分室と早く合流して残る特殊部隊と戦わなければいけない。
リックの腕をどうにかしなければ、いつ元通りになって敵に回るか分からない。安心して戦えるくらい状態にはしておきたい。
悩んでいる私に、リックが宣言する。
「大丈夫だ。我は我で、この腕と戦う。そして、再びお前と見えたとき……」
「リック……?」
「もし負けていたとしたら、お前の手で我を殺してくれ」
次回、177:戦鬼、出陣 お楽しみに!




