175:デッドリー・ノイズ
軍刀に付与されている魔術を連射しながら突撃する。リックのスタイルはあくまでも暗殺、気配を消すこと以外の性能は基本的に私の方が高い。
両脇の壁を蹴って飛び上がり、リックの後ろに回ると振り返る勢いに任せて背中に蹴りを入れる。ここが路地で助かった、私自身もそれほど動ける方ではないから利用できる壁があるのはいい。
「雷電よ、枷となりて一時の呪縛を」
「破幻以て破壊せよ」
リックが発動した麻痺魔術を解呪する。お互い使うのは中等魔術だから、傍から見ると魔術学校に通う生徒の演習のようだ。
二人とも単純な魔術の成績は良くなかった。魔術試験で一番成績が良かったのはアルーザだった。どこかいい部隊に就けただろうか。
魔術戦は基本的に先手必勝だ。防御するにしろ解呪するにしろ攻撃してきた魔術、つまり相手より多くの魔力を使わなければならず、魔力が乱れやすくなる。
中等魔術くらいならば軍服に付呪されている保護魔術で防御できるのだが、当たり所が悪いと数十秒は身体の自由を奪われる。それだけの隙があれば余裕で殺されるだろう。
しかし、思わぬ魔力の消費で魔力が乱れ、身体強化の効果が落ちる。麻痺魔術は私に解呪を誘導する囮だったということか。
身体を低くして襲ってくるリックの刃をどうにか弾くと、体勢をどうにか立て直して攻撃を受けるのに徹する。
いくら戦闘能力は私の方が上回っているとはいえ、ナイフと刀では相性が悪い。懐に入られてしまい上手く攻撃に移れない。
「我を影へ。光射さぬ悠久へ」
建物の影に入ると、姿を見失わないうちに近くに再出現する。少し無理をして魔力を絞り出し、体中に回す。無理して魔力を引き出したために熱病のように身体が火照り、ふらつくが、どうにか踏ん張る。
いくら適性があるとはいえ、影に溶ける魔術は異界渡航と同じだ。そこそこ魔力を持って行く。本当はこんな緊急脱出などに使いたくはないのだが、負けてしまっては元も子もない。
リックのナイフには全て即効性の麻痺毒が塗られている。故に攻撃を受けた時点で私の負けは確定してしまうのだ。勝利は難いが敗北は易い、一瞬の気の緩みが敗北につながる。
毒は、魔術以外の攻撃手段がなくならない要因のうちの一つだ。現状魔術で作られた毒というのはあまり需要がない。すぐに解呪されてしまうからだ。
毒は魔術で治癒するのが難しく、薬などを使うにしても正しいものを服用しなければいけない。対策が難しいのだ。
アルタニア時代に聞いた話だが、麻痺毒の調合は定期的に変えているらしい。手持ちの薬での解毒は無理だろう。
リックを懐に入れないようにと奮闘する。もう一度だ。もう一度チャンスがあればもしかしたらどうにかなるかもしれない。
なんとかリックと切り結びながら、無理矢理に魔力を引き出す。余裕を持って影に溶けられるだけの魔力を、出来るだけ早く。
「ッ……!」
しかし、一足遅かった。隠していた音もなく左手の方から飛んできたナイフが左の手のひらに突き刺さる。普段左腕を使わないリックが、珍しいことをしたものだ。
徐々に身体の自由が奪われていくのが分かる。指先から順に、身体が動かなくなっていく。腕が完全に痺れる前にナイフを咥えて引き抜き、地面に吐き捨てる。
「我を影へ。光射さぬ悠久へ」
魔力に余裕はないが、再度影に溶け込む。本来想定していた作戦とは違うが、身体が動かなくなる前にやるしかない。
もう左腕は完全に動かない。軍刀を鞘に納めると、身体を低くして加速する。一瞬で最高速に達した私は、現世に浮上し超高速でリックの左腕を切り飛ばす。さすがに首は飛ばせないから、意趣返しだ。
しかし、もはや身体はまともに動かず、せっかく出来るようになった着地も受け身もできずに地面を毬のように跳ねて転がる。
この戦闘の一番の怪我がまさか自爆とは。自由の利かなくなる身体を動かしリックの方を見る。
「そんな、お前……」
衝撃だった。いや、斬った時に少し変だと思ったのだ。少し重いと思ったのだ。
地面に転がっていたのは、金属でできた腕だった。魔力を通しているしおそらくミスリルだろう。リックの左腕は、義手になっていたのだ。
それだけではない。腕と同時に斬ったマントの隙間から見えるリックの身体は、ところどころ金属に置換されていた。
「……たな」
リックが身体を震わせ何か呟く。その瞳には今までと違う、明確な怒りの炎が灯っていた。
「見たな、オーウェンッ!」
数秒後の死を予見する。激昂したリックに殺されると思った。だがそんな未来は訪れることはなかった。
左腕の切り口から何か放電のようなものを発生させた直後、急に意識を失って倒れたのだ。どうにか命は助かったが、私もこのまま動けない。
麻痺毒は身体だけでなく思考の自由まで奪っていき、そのまま意識はぼんやりと消えていった。
次回、176:マシナリー・ノイズ お楽しみに!