173:シェイド・ノイズ
見上げるほどに大きい男。いや実際見上げなければ顔を見ることが出来なかった。巨人族というには小さいが、明らかに人の大きさではない。
男に促されて向かい側の椅子に座る。五年前に倒した男など比ではない、戦わずともこの男には勝てないと分かった。
「俺が隊長の【滅】だ。君達の入隊を歓迎する」
この人が、帝国で最も強い特殊部隊を仕切る隊長か。この国で一番強いと言っても過言ではない。
溢れ出る覇気がその証拠だ。どのような戦い方をするのかは知らないが、彼が全てを打ち砕く強さを持っていることは判る。
「何故自分たちがここに呼ばれたのか、という顔をしておるな」
声を上げたのは【滅】の脇に立っていた金髪の小さな少女。内包した強大な魔力を感じる。よくあの小さな身体にあれだけのエネルギーを保持できるものだ。
「妾は【破】、こやつが【縛】じゃ。おぬしらは妾らに足りぬものを補うために最適と【滅】が判断した」
この三人に不足しているもの。【縛】と呼ばれた長身の少女は確かに少し他の二人に比べると特異性を感じないが、全体的に何が足りていないのか分からない。
しかし、私たちが呼ばれたというところから推測することはできる。彼らに足りないのはすなわち静かさ、気付かれにくさだ。
「皆さん隠密行動に向いていないのではないですか? 私たちの取り柄といえばそれくらいです」
【破】がうんうんと頷く。どうやら予想は当たっていたようだ。まああまり外れようもないが。外れたら殺されるんじゃないかと少しヒヤヒヤした。
「私たち、みんな魔術が大味すぎて目立つ行動しかできないんですよ。確かに強いんですけど毎回何かしら余計な物を壊したりするんですよ」
なるほど、私たちには縁のない悩みだ。確かに魔術の規模が大きくなればなるほどそれによる被害も増える。オーバーパワーで被害を出すのを防ごうということか。
「さて二人とも、俺の許で働いてもらえるか?」
【滅】が問うてくる。国を守るのに、これほど良い仕事はないだろう。昔思い描いていた正義の、その極致に至れるのだ。何も迷うことはない。
「おっと【滅】よ、大事なことを言い忘れておるぞ。お主らな、この部隊に入るということはつまり自分がいなくなると思え」
【破】が深刻そうな顔で警告してくる。自分が消えてしまうというのはどういうことなのだろうか。
「私たち、戸籍を棄ててコードネーム、私だったら【縛】みたいな、これで生きていかなければいけないんです。この国からいないことになり、ただ国を守るためだけの装置のようになってしまうのです」
少し尻込みしてしまう。とりあえず書面の上では、全て自分のいた形跡は消されるだろう。コードネーム【□】として、私は生きていけるのだろうか。
「やります」
それでも、諦めることはできなかった。ここまで来て、引き返すことはできない。もう故郷にも何年も帰っていない。賃金の一部は仕送りに回してもらっているし、手紙も最近は送り合っていない。
「我もやります」
リックも覚悟を決めたようだ。まさか二人でこんな部隊に所属できるとは思わなかった。
しかし、神聖だったりするものは遠くから見た方がいいというのは本当らしい。まさか最強の部隊の裏側にこんな現実があったとは。
戸籍から消えるだけというと大したことがないようにも思えるが、それは帝国において人ではなくなるということだ。
いわば国の一部となった機械のようなものだ。そして私たちの前にいるのはそれを受け入れてでも国のために戦うと決めた強者だ。
「さて、じゃあ君達のコードネームを決めようか。リック、君は【静】。そして、オーウェン、君は……」
「【影】。私にはこの名が相応しい」
次回、174:サイレント・ノイズ お楽しみに!