172:闇の残像3
さらに五年が経った。私たちは男を捕縛したことでアルタニアでの評価を大きく向上させ、現在は帝都でリックと共に昇進のための教練を受けている。
さすがにここまで集まるのは何かしらに秀でている者がほとんどで、上位を保つのは大変なことだった。死ぬんじゃないかと思ったことも一度や二度ではない。
これは自惚れかもしれないが、私たちがこの猛者が集う中でどうにかやって来られたのは五年前の戦いがあったからだと思う。
相手に命を奪う気はあまりなかったとはいえ、あれだけの威圧感のある敵は初めてだった。本当の強靭さというようなものを知ることができた戦いだと思っている。
今でもたまに思い出して身震いしてしまう。まあ年が経つにつれてより恐ろしいものに補正されている気もするが、とにかく今でも怖くなるくらいに脅威だったのだ。
今日の市街地夜戦演習もいい結果だった。五人一組の分隊戦で、リックと私ともう一人をメインの攻撃要員に据えて戦った。
私たちの他には全般的に五属性が得意なアルーザ、支援や防御系を得意とするノック、魔力感知が得意なエリナがいる。
エリナが察知し発見した敵をアルーザが正面から、私とリックが脇から叩く。反射神経に優れたノックは魔術飛び交う中正確にアルーザを守る。彼女は守りはからきしだから、こうして守ってやらないとすぐに落ちる。
集まって分隊を編成した時は総合火力の低さから少し心配だったが、攻守バランスの取れたいいチームになった。
今日は成績や魔力特性などから所属する大まかな部隊が発表される日だ。これにより教練がさらに専門化する。
「あたしたち、揃って特殊部隊に引き抜きなんてないかね。一応ここじゃトップの成績だしさ」
「うーん、アルーザは行けても私は厳しいかなぁ。レーダー代わりにしかならないよー」
アルーザとエリナは気が合うタイプには見えなかったが、それでいて結構打ち解けているらしい。
「特殊部隊なんてのは夢のまた夢さ、俺達に届く領域じゃあないさ」
ノックがどこかしみじみと言う。夢のない話だが、きっと彼が正しい。軍の最高戦力、特殊部隊になんてそうそう入れるものではない。私もせいぜいよくて諜報最高とかそのあたりだろう。
食堂に集められ発表が始まる。呼名され、所属予定の部隊を言い渡される。数人所属が決定している者もいて、それらの人たちは明日からそこで働くのだという。
「ノック・ランド、北方国境防衛部隊予備役とする。こちらでの3カ月の教練の後入隊だ」
ノックが立ち上がって敬礼をする。北方国境防衛部隊といえば隣国のアイラ王国との境を守る重要な役職だ。アイラ王国は帝国に次いで歴史が長く、優秀な魔術師も多いという。
「アルーザ・ハット、候補部隊が多いため上級兵待遇で一年間戦闘教練を続行。適正を再精査する」
部隊の方向性が決まらず数年間の保留になるのは基本的に落ちこぼれの証だが、アルーザの場合は少し違う。得意が多いためにどの部隊に配属すればいいのか上が判断できなかったのだ。
上級兵だから一年間は新人になる周りよりも良い待遇で教練を受けることが出来る。来年あたりいい所属が決まるだろう。
「エリナ・スレード、教練の後帝国軍犯罪捜査局配属。中級兵としての配属だ」
エリナは魔力感知の才能を買われて犯罪捜査局に所属か。あまり大きな組織ではないが、中級兵スタートは破格の対応だろう。入った時点で昇進なんて聞いたことがない。
順番に名前が呼ばれていく。が、しかし私たちの名前は一向に呼ばれない。まさか所属も何も決まらず放逐だろうか。いまさら実家にもアルタニアにも帰れない。路頭に迷うことになる。
「オーウェン・スレイダー、リック・アルバンの両名は、本日付で特殊部隊所属が決定した。荷物は送るので今すぐ城に参上しろとのご命令だ」
立ち上がって敬礼してから、言われたことを思い出して頭を捻る。いま教官は『特殊部隊』と言ったか。怖くて聞き返すこともできない。
そのまま回れ右して食堂を出ていく。今すぐ城に参上しろというのは聞き間違いではなかった。その証拠に誰も引き戻しに来ない。
「オーウェン、我はまだ信じられない。なぜ我らが特殊部隊に」
「さて、私にも分からない。まあとりあえず城に行って聞いてみることにしよう」
城までは徒歩数分。このあたりは歩き慣れた道だったが、何だかいつもと違って見えた。どうにも頭がふわふわする。今急襲でもされたら絶対に殺されてしまう。それくらい現実感がなかった。
嬉しいとか、信じられないとか、そういう感情はみんな吹っ飛んでしまった。今あるのは何とも言えない孤独感だけだ。
身分証を見せると城内に入り、兵士の案内を受けて大きな部屋の前まで案内される。ここでただ立っているわけにもいかない。ゆっくりと扉を押し開ける。
「ようこそ、帝国軍特殊部隊へ」
次回、173:シェイド・ノイズ お楽しみに!