168:闇の残像2-1
影を操る魔術を買われ、予備役としてこのアルタニアにやってきて五年。この街も結構いいところだ。
唯一の同期、リックとも仲良くなり行動を共にすることが多くなった。お互いの魔力特性が似ているのもあり、二人で街を駆けるだけでもお互いのスキルアップになる。
少しずつ教練と仕事が増えアール商会に通う機会は少なくなってしまったが、今でも休みの日などには顔を出している。
「昨日あった事件で目立つのは……うーん、この強盗殺人とかかな。他にあるのは迷子だね」
「殺人事件の犯人を追いつつ迷子も捜すか。事件の概要は把握した」
「相変わらずリックは覚えるのが早いなぁ、私は見ながらじゃないととても無理だ」
商業の街なだけに、様々な品物が集まるから泥棒というのはびっくりするほど多い。今日のような日は珍しいくらいだ。
コソ泥や万引きは多くても強盗殺人なんてものはあまり起きない。他の泥棒たちが尻込みしているから数が少ないのか。
なぜあまり殺しが起きないかといえば、それは商会の規模の大きさに起因する。商会は金も人も力も豊富で、正面から逆らえば圧倒的な力で叩き潰される。こそこそするのは報復が怖いからなのだ。
犯人は水系統の魔術を得意とする男で、顔には火傷の跡が付いているらしい。手がかりはこれくらいだが、ないよりマシだ。見つかるときは見つかる。
私たちには、とにかく戦果が必要だった。市井の人で在れないのならば、せめて人の前に立てる兵士になろうと、私たちは決めたのだ。
目指すは諜報部隊の最高峰。容易な道ではないが、昔思い描いていた正義の味方としての兵士になるにはこうするのが一番だ。暗殺は決して悪ではない。何かを守るために必要な時もある。
ただ単に、私たちは大人になりきれないだけなのかもしれない。それでも今はこうしていたいのだ。
被害に遭った商会から街を見渡し、強盗の後どこに逃げるべきかを考える。街には路地が多いが、人に会いやすい道曲がる回数が多い道と色々だ。それを考えると通る道は限られてくる。
「だが、道が分かったところで根城が分かるわけでもあるまい。逃走経路と思しき道で情報収集でもするか?」
「犯人の気持ちになってみようかなってね。でも確かに、道だけわかってもどうにもならない。リックは何かいい案ある?」
街を見回りながら、頭の半分を使って強盗のことを考える。捜査の基本、なんて教練で習うことはみんな他の人がやって資料にまとめてしまっている。完全にここからは未知の領域なのだ。
これだから、ただ型に嵌められるものだけを教える教練は好きになれない。型に嵌められるものはむしろ少ないのに。少し働いただけでもわかる、想定外だらけだ。
街の喧嘩を仲裁するときでもそれは起こり得る。先に手を出した者が罰せられる規定にはなっているが、少し話を聞けば殴られた方が散々嫌がらせを続けていたとか、そんな話はざらだ。
一応喧嘩を起こしたことなどによる軽い罰であれば兵士の現場判断が通用するからいいが、それすらままならないとなるともうどうにもできない。
もちろん、柔軟な決まりというのも難しいのは分かっているつもりだが、どうしても不満に感じてしまう。
街角の小さな事件に対応するたび、複雑な感情が私の中で渦巻く。私たちは、とにかく戦果が欲しいのだ。大きければ大きいほどいいし、多ければ多いほどいい。
しかし、輝かしい戦果を求めれば求めるほど、本来なりたかったはずの自分から離れていく。人に寄り添える兵士になりたいはずなのに、そのために小さな事件を見過ごすような時が来てしまうのでないかと不安になる。
「小競り合いは任せておけ。何のために二人で行動していると思っている」
「お見通しか。ありがとう」
リックは少し暗くて冷たい感じがするけれど、本当は結構優しいのだ。話を聞けば穏やかな顔立ちが気に入らないらしく帽子とマントで顔を隠しているらしい。服装のせいで恐れられてしまっていて、少し勿体無い気もする。
私は、彼と一緒に戦えるからこそこうして安心して夢を追うことができるのだ。我ながらいいコンビだと思っている。
資料片手に街を回りながら、私たちは核心へと歩いていくのだった。
次回、169:闇の残像2-2 お楽しみに!




