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167:闇の残像

 影を操る魔術を買われ、予備役としてこのアルタニアにやってきて二ヵ月。この街も結構いいところだ。


 出身は北方だから、かなり離れたところに配属されてしまったが、これは幼い予備役が簡単に家に帰れないようにする措置なのだとか。仕事を承った以上投げ出したりはしないのに。


 アルタニアは商業都市だ。様々な人と物が集まる。地元にいたときには見ることも聞くこともなかったものがそこら中に溢れている。


「アールさん、こんにちは」


 予備役はあくまで予備役。正式な兵士ではないため待遇はよくないが、その分教練に割かれる時間が少なく自由時間は多い。


 各地に私のように集められた子供がいるが、少なくともアルタニアにいる子供たちは自主的に教練に参加する人が多い。しかし、私は思うのだ。教練は正式に兵になってもできるが、こうして街で学ぶ機会は今しかないと。


「やあオーウェン、今日は面白い品が入っているよ」


 アール氏。アルタニア随一の大商会、アール商会のオーナーで、私にいろいろな品物を見せてくれるいわば先生だ。各地と交易をしているアール商会に出入りしているときに声をかけてもらって以来、週に何度か通っている。


「見てごらん、万華鏡というんだ」


 アール氏に渡された円柱状のそれ、万華鏡というものは望遠鏡のようになっている。小さな穴の中を覗く。


「すごい……」


 まるで、宝石でできた星が輝く夜空のようだった。色とりどりの宇宙が小さな筒の中に入っている。そんな感じだ。


「くるくる回してごらん」


 アール氏に言われるまま、万華鏡を回す。回すのに合わせて模様が変化した。角度で見える模様が決まっているのかと思って元の向きに戻してみても、そこにかつての模様はない。


「同じ模様は見られないんだと。不可逆と奇跡という点においては、この世界を端的に体現しているね」


「?」


「まだオーウェンには難しいな、気にしないでいい」


 アール氏が何を言っているかはわからなかったが、万華鏡は世界らしいということはわかった。こんな小さい、片手で持てる大きさのもので世界を表せるなんて、やっぱり面白い。


 それからお茶の産地を当ててみたり、珍しい魔導具を使わせてもらったりしてからアール夫人手製のお菓子でおやつにする。


「いつもありがとうございます、見ず知らずの私に良くしてもらって」


「はは、いいんだよ。将来わたしらが守ってもらうんだ、未来ある若人にはサービスしてやらんと割に合わない」


 軍備に使うお金や兵士の給料は彼らの払っている税から出ているはずだが、きっと割に合う合わないというのはそういうことではないのだろう。人情とか義理とか、そういうものだ。


 それにしても、守る、か。兵士になって誰かを守るという実感が沸かないのは、真面目に教練に参加していないからだろうか。軍服に袖を通したくらいでは兵士としての自覚など生まれない。


 自ら志願したのならともかく、噂を聞いた軍関係者にスカウトされただけなのだ、そこまでのやる気を求めるのはお門違いだろう。


 アール氏と談笑しながらお菓子を食べること数十分、陽が少し傾いてきて予備役の門限の時刻が近づいてきた。


「では私はこのあたりで」


「そうだなぁ、気を付けて帰れよ~」


 アール夫妻と店番に挨拶をして店を出る。今日も面白いものが見られてよかった。やる気のない教官の講義などより数倍面白い。


 部屋に戻ると、同室のリックにお土産を渡す。リックは私と同じくスカウトされてここに来たらしく、唯一の同期だ。気配遮断魔術の精度が驚くほど高いのだとか。


 気配を消した、暗殺のようなやり方が得意なため模擬戦での成績は良くないが、建物制圧を想定した練習では教官を昏倒させている。実力は一、二年先に入った人よりずっと上のはずだ。


 私もだが、通常の部隊や警備班に組み込まれても力を発揮する機会が少ないため、何かしらの特別部隊に配属されるのはほぼ決まっているようなものだ。


 それを羨み、嫉む人も少なくないのだが、多分私たちは魔力特性が裏方向きなだけに『掃除』系統の部隊に回される。給金こそ高いかもしれないが、わざわざそんなことをしたいだろうか。


 ふと、先程言われたアール氏の言葉が頭を過って少し悲しくなる。果たして彼らを守るような兵士になれるのだろうか。きっとそれは難しい。


 贅沢な悩みと言われてしまいそうだが、私は陰で戦う暗殺兵よりも、街にいるありふれた警備兵になりたかった。守るべき人のそばで、堂々と人を守りたかった。


 この願いが不完全な形で果たされることを、彼はまだ知らなかった。

次回、168:闇の残像2 お楽しみに!

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