15:反時計回り【カウンタークロックワイズ】
「思った通り。邪魔するなよ、この国守ってるんだから」
男がフードを取る。吸い込まれるような真っ黒な髪、燃えるような紅い瞳、死人のように白い肌。アーツにそっくりだが、何かが違う。何もかも同じなのに、方向だけを間違えてしまったような、そんな雰囲気だ。
「あいつはハーツ、俺の兄さ。俺から禁呪【クロックワイズ】奪った大悪党。気をつけてね、強いから」
アーツがリリィを抱えて降りてくる。兄弟か、道理で。禁呪【クロックワイズ】、時間を操る能力か何かだろうか。相手が4人に増えた今、リリィを守りながらの戦いはかなり厳しい。ベルフォードが重力系魔術を得意とするのは大体分かったが、ランカスとシャルの能力はほとんど割れていない。というか、そもそも彼らは深手を負っていたはずだ。
「人に流れる時間を巻き戻して、怪我をする前に戻したのさ。俺が彼らを殺せないからって、こうして全部治されると困っちゃうよねぇ」
少し『殺せない』という言い回しは気になったが、とりあえずハーツの禁呪が厄介なのはわかった。なにしろ、時間を巻き戻す回復には、他にはない大きな利点がある。
通常の回復魔術の場合、何度も続けているとだんだん身体に耐性が付き、治りが極端に悪くなる。とはいえ2日近く魔術的回復を行わないことで再び回復ができるようになる。しかし一番怖いのは、慢性的な耐性がついてしまった場合、むしろ傷が悪化する可能性があることだ。魔力に対する拒否反応のようなものが、傷が開くという症状として現れるんだとか。
「さて、君は魔術を無効化するんだってね。それが僕にどこまで通用するかな?」
ハーツは俺の能力を破る自信があるってことか。このだだっ広い地形、俺にとってはかなり不利だ。広い地形ならむしろ、燃費は悪くともリリィに片付けて貰えばいいんじゃないか。
「なあリリィ、あいつらにさっきの魔法、撃ってみてくれよ」
「うまくいく気はしないけど、いいよ」
空中に描かれる巨大な魔法陣。普段見る自動魔術のそれとは比較にならないほど複雑な模様に、魔力が籠っていく。
「カウンタークロックワイズ」
魔法陣を、さらに大きな時計が覆った。時計の秒針が少し反時計回りし、気分の落ちるような曇天だけが残る。
「ほら、やっぱり」
今のが時を戻す術式か。魔法陣の発生する前に時間を戻すことで、相手に魔力の消費はさせながら、魔法自体はなかったことにする。つまりそれは、人間にとっても同じことがいえるんじゃないだろうか。人間の時間を生まれる前まで戻すことで、その人間の存在を破綻させれば、あるいは。これは、便利な回復用禁呪などではない。アーツが欲し、そして警戒するに見合った力だ。
「起動力で大きく劣るリリィちゃんは不利だ。先に回収してもらおう」
瞬間的に膨れ上がる気配。まさか。
「お待たせっす! 助けに来たっすよ!」
砦の陰から飛び出してきたキャスとカイルが、親衛隊が手を出す暇もなくリリィを攫っていく。手遅れを悟ったのか、シャルが連絡している。少ししか聞き取れなかったが、別動隊に王都周辺で待ち伏せをさせているようだ。
「さて二人残ったがどうする。僕は投降をお勧めするけど」
笑った姿はアーツそっくりだ。その異常なまでの余裕とそれの生みだす気後れするような、迫力に似たなにかも。話を聞く限りハーツの所持禁呪は一つ。アーツの禁呪はとりあえずベルフォードと相性が悪い。俺はそのベルフォードの影響を受けないが、ハーツには何らかの手段で妨害を受けると踏むべきか。
「さてレイくん、やってやろうじゃないか」
「ああ」
俺が前衛、アーツが後衛。中距離での戦闘で強さを発揮するアーツには、今回は援護に回ってもらう。重力対策のため、アーツには事前に血濡れのナイフを渡してある。ただし乾いたら効果が切れてしまう。曇っていて湿度は高めとはいえ、もともと乾燥しがちな土地だ。乾かないうちにベルフォードだけでも仕留めておきたい。
逃す気はないという意思表示なのか、シャルがいくつも魔導銃を周囲に浮かべる。合計8つとなった銃口から魔力の銃弾が雨のように連射される。そのうえ両手からも別でを連発するものだからやっていられない。俺だから服に穴が空くだけで済んでいるものの、これは強力だ。障壁魔術は座標を指定式ため展開後の移動ができず、その場に釘付けにされてしまう。だがこれも、シャルの圧倒的な魔力量と制御能力あってこそのもの。魔力制御に関してはリリィと同等かそれ以上じゃないだろうか。
「ダメだ、やっぱり奴には魔術が効かないね。ベルフォード、頼んだよ」
大扉のあったところに時計が現れ、分針が反時計回りに動く。砕けた扉は浮き上がるように集まって、もとある姿に再生する。しかし、ベルフォードはせっかく再生させた大扉を力づくで外し、そして投げる。重力操作で軽くしたのか。とはいえ大扉とはいえただの木、叩き斬れる。後ろ向きに構えた刀を振り上げ、飛来する扉に叩きつける。
だが刀が扉を斬ることはなかった。扉が急停止し、俺は空を斬ったのみだった。空中で体勢を崩す俺が目の端で捉えたのは、扉と交差するように薄く光る、針の止まった時計。扉の進む時間を止めたのか。ぐるりと背を向ける俺の背中に、激しい衝撃が走る。
「がはっ……!」
確実に背骨が折れた。ベルフォードが重力魔術を解き、大扉がのしかかる。全身の骨が軋み、背中を酷くやられたせいでうまく身体が動かない。再生を間に合わせなければ。たまたま無事だった右腕で、なんとか扉を支える。
「無事かい?」
アーツが鎖で扉を引っぱり上げ、助けてくれる。なんとか立ち上がって、とりあえず動くのに必要なところだけを修復する。骨に罅が入っているが、戦えない程ではない。気付いた時にはアーツも前線に出ざるを得なくなってしまった。強いというよりは、上手い。ここで魔導銃を放たれたら、さすがのアーツも防ぎきれまい。
「さあ、どうする特務分室」
時間系は定番ですかね。
革命編も本格的に動き始めていきます。