166:暗躍する静寂
反逆者が潜伏しているという噂は一瞬で街中に広がったらしく、少し空気がピリピリしているのがわかった。アール夫妻にも外出は控えるようにと言われた。
ここに滞在できるのもあと数日だ。それ以上ここにいればアール夫妻に迷惑をかけてしまう。最悪命に危険が及ぶだろう。こちらに注意を向けさせないためにも、ある程度俺達は外で見られておく必要がある。
この街の中でいい、少し離れたところでわざと人に見られておくのだ。そうすることで注意を少しは逸らせるはずだ。
アーツとカイルは単身で、俺は【影】と一緒にそれぞれ別の場所に向かう。アール商会からある程度離れた路地をしばらく歩くことにした。
「このあたりの路地は人が多いんだな」
「広めで通行しやすいですからね。これなら目立ち過ぎずに人の目に触れることができます」
すれ違うのは基本的に買い物帰りの女性らしき人が多い。主婦の噂話は通話宝石より早いと言うし、いい具合に話が広がってくれるだろう。
しばらく人目につくように辺りを歩き回り、【影】はその後人の少ない路地へと進んでいく。ここになにかあるのだろうか。
「おい、何の用だ? こう人が少ないと歩く意味もないと思うんだが」
「人が少なくなきゃいけないんですよ。そうだろう、【静】?」
空に向かって【影】が呼びかける。まさか【静】が追ってきていたとは。俺一人だったら殺されていた。
すると屋根の上から【静】が飛び降りてくる。相変わらずマントと帽子で隠れていて顔がよく見えない。金属のような声も変わらない。
「気付かれていたとは。我も衰えたか」
「いやいや、予測しただけだよ。君ならここに来るだろうってね。君の気配は誰にも察知できないさ」
【静】の気配遮断魔術は完璧に近い。俺の真後ろに立っていても気が付かないほどに。【影】の言う通り予測でもしないと太刀打ちできない。
しかし、この予測だって付き合いが長かったり余程人心掌握に長けていたりしないと難しい。初見で彼に襲われたらほぼ確実に死ぬ。
「貴様も、まさか反逆の徒であったとは。あの時殺しておくべきだった」
「あの時はどうも。生きた心地がしなかったぜ」
これは完全に本心だ。あのまま襲われていれば俺は負けていただろう。【静】がもう少し疑り深く、冷徹であれば俺はあの場で死んでいた。
そう考えると、思っている以上にこの男はいい奴なのかもしれない。まあ甘いとも言うのだが。前回はその甘さ、もとい優しさに助けられた。
しかし、今回はそうはいかないだろう。完全に敵と認識されてしまったし、戦闘になるのは避けられない。刀に手をかけてすぐに動けるように身構える。
「ここは私に任せてください。必ず生きて戻りますから」
「そんな、お前……」
「私は大丈夫です」
死ぬつもりなんじゃないか、なんて言うことが出来なかった。彼には特攻を仕掛ける者特有の悲壮な炎が灯っていなかった。本当に生きて帰るつもりなのだ。たとえ友を殺したとしても。
であればここは任せて俺は立ち去るべきだ。相手がどんな戦法を使うかもわからない俺がここにいるのはむしろ邪魔だ。頼んだぞ、【影】。
少なくとも俺が角を曲がるまで、二人はその場から動くことはなかった。何か話している様子だったが、交渉だろうか。戦わずに済むならそうなるのが好ましい。体力の消費や心身の消耗は出来る限り抑えたい。
【影】がアール商会に帰ってきたのは、二日後の夜だった。
次回、167:闇の残像 お楽しみに!
次回から【影】視点になります!
 




