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163:まるで迷宮のような

 追手がどこまで迫っているかはわからないが、俺達も出来る限りこの街のことを知っておいた方がいいだろう。


 ということで俺達は二人以上の組で路地を歩いて回ることになった。安全面なども考慮したうえで、最終的に俺はハイネと組むことになった。


「二人で話すのは案外久し振りだな。ニクスロットの作戦以来か」


「ええ、特務分室は賑やかですからね。毎日内緒話ばっかりじゃ疲れちゃいます」


 まあ、それもそうか。普段はみんなで騒がしくしているのも悪くはない。俺はあまり自分から輪の中に入ることはないが、見ていても楽しい。


 しかし、それはそれとして二人で話す時間というのも大切だと思うのだ。相手が誰であれ。他の人に聞かれたくないとかそういうことではなく、うまく言えないがその人だけに伝えたいことが、あったりするのだ。


 それはすなわち周りに聞かれたくないことという気もするが、何かが違うのだ。隠しておきたい秘密ではなく、その人にだけ言いたいこと。俺は、そういう気持ちをあまり持ち合わせてはいないが。


 アルタニアの路地は入り組んでいたが、舗装自体は綺麗で足元が悪くて走れないなんてことはなかった。


「君達、身分を証明できるものは?」


 しばらく歩いていると急に軍服の男たちに声をかけられる。もう俺達のことが知れているか。かなり早い追手だ。


「なぜそんなことを聞く。俺達に見せる義務があるのか?」


「皇帝陛下に叛逆する者がこの街にいるとの情報を受けた。その捜査のためだ」


 まさか、こんなに早く伝わっているとは。じき特殊部隊の面々もここまでやってくるだろう。あと何日落ち着いていられるだろうか。


 とりあえず、疑われた以上もうこの兵士たちを放ってはおけない。懐の拳銃に手をかけたところで、急に全員が地面に倒れる。


「助かった。さすがだな」


 振り向けば、ハイネが拳を握っていた。複数人の心臓を同時に潰すとは。対人戦においては本当に強い禁呪だ。


 禁呪といえば、ハイネの包帯はまだ取れていない。【鏖殺の鎌(インビジブル・デッド)】の反動で彼女の身体についた傷は、禁呪を過剰に使用したせいで傷が慢性的なものになってしまっているのだ。彼女の身体は傷のある状態が普通だと思っている。


 だからこそ、少しずつしか傷は塞がらない。これでも、傷が減った方なのだから酷さがよくわかる。クリスの件では巻き戻ったとはいえ無理をさせて本当に申し訳ない。


 これからも、ハイネには無理をさせないようにしなくては。彼女の傷が治るまで、俺は多少自分が傷を多く受けようとかまわない。それ以上、たとえば命を懸けられるかどうかは分からないけれど。


「突然ですがレイさん、死の色って何色だと思います?」


 本当に突然の話だった。死の色か。事象や人物と色を結びつけるなんて話はよくあるが、死の色なんてものは聞いたことがない。


「さて、赤か黒あたりかな」


何か可笑しかったのか、ハイネはふふと笑う。何か変なことを言ってしまったのだろうか。


「レイさんらしいですね。でも私、それは恐怖の色だと思うんです。血や暗闇は、死の直前に味わう恐怖の象徴ですから」


 なるほど、ハイネのいうことも一理ある。確かに血や闇というのは死に付随する恐怖の色であって、死そのものではない。ではハイネは何色だと言うのだろうか。


「私、死って真っ白なものだと思うんです。洗いたてのシーツみたいに。それまでその人が培ってきたその人自身が、すべて白紙に戻る。もしそうだとしたら、ちょっと綺麗だと思いませんか?」


 白紙の状態から始まり、様々な色を重ねて最後には消える。そう考えるとそう思えてくる気もする。どちらも、力強く儚い。実際、クリスによって時間が巻き戻された時も、世界は漂白されていた。


「今【影】にでも襲われたら二人とも生きていられなそうだ。真っ白になるのも案外早いかもな」


 俺達では、彼が接近していることに気付けない。あの時【影】がいることには俺も全く気が付かなかったのだ。俺よりもそのあたりの経験が少ないハイネでは気付けまい。


 だが、その可能性は実はあまり高くない。彼はまず【影】を殺すはずだ。それは殺しの常道。心理的に殺しにくい人間から先に殺す。そうしないと俺達はすぐに鈍になってしまう。


 つまり【影】が襲ってくるということは戦力を一人失っていると考えた方がいいということ。絶望的な状況だ。


「レイさんは、逃げたくなったりしないんですか?」


 まさかハイネからこんな言葉が出るとは。いや違う。もともと人はこうあるべきなのだ。戦いから遠ざかろうとするのが普通なのだ。


 ハイネは、まだ後戻りできる。禁呪を一切使わず、街で真面目に働けば数年後には街の一人になれる。今までをすべて捨てればただの人間に戻れる。


「今のお前の傷と一緒さ。俺がいくら戦いから逃げたいと思っても、俺は戦場から逃げられない。一度こうなってしまったら、もう戦いの方がこちらにやってきてしまうんだ。お前だけならまだ間に合う。嫌なら逃げてくれ」


 戦いたくない人を、戦場に縛り付けるなんてことはしたくない。もし彼女がもう手遅れだったとしても、とりあえずここからは逃げていいと思うのだ。


「そうですね、正直逃げたいです。【破】という人、きっと私が戦っていたら負けていました。自分の意志で戦うからこそ、特務分室にいると決めたからこそ、恐怖は増えました」


 そういえば、俺たちはなぜハイネが特務分室に入ったのかよく知らない。いつの間にかアーツと共にいたから。ハイネがそこにいる驚きが上回っていたから。


 今まで操られて戦っていたからこそ、自らの意志で戦場に立った時の恐怖は相当のものだろう。俺には推し量ることしかできないが、いつの間にか戦場にいた俺より、よっぽど怖かったはずだ。もう、限界なのだろうか。


「でも、私はまだやれます。まだ、リリィちゃんやレイさんと一緒にいたいので」


「そうか、逃げたくなったらいつでも言えよ。俺もアーツにかけあってやる」


 そんなことを言ってしまったが、少し嬉しかった。俺も、誰かの『ここにいる』ための理由になることができるのか。俺もハイネも、戦うことで誰かに認められたいのかもしれない。


 『俺はもう、十分にお前を認めてる』。そう言ってやりたいけれど、なんだか俺がそんなことを言うのは違う気がして、辞めた。


 しかし、半開きになったままの口を見て俺が何を言いたいかわかってくれたのか、ハイネはどこか満足げだった。女の子って、難しいな。

次回、164:まるで迷宮のような2 お楽しみに!

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