155:予期せぬ3人目
誤算、というか気付けなかった。足音も気配も全くなかったのだ。魔術で隠蔽工作をしたとしか思えない。
しかし、ただ研究室に向かうだけのために隠蔽魔術を施すような者がいるだろうか。しかもそれなら他の二人も何かしらの魔術を使っているはずだ。
この3人目は、先程殺した二人とは違う理由でここにきているのだろう。恰好からしても別勢力なのか。暗い緑のマントで身体を覆っているし、帽子で顔が隠れている。
「その服装、帝国軍か?」
「いかにも。貴様の腰にさげているそれも制服のように見えるが」
金属から出たような、無機質な声。年齢性別何もかもが分からない。
裏返しておいたのだが、裏地で気付かれてしまったのか。よく見ている。わかる人には裏返しても分かってしまうものだ。
しかし、帝国軍がこんなところに何の用だろうか。制圧ならばまだいいが、協力しているとなれば話はかなり複雑になってくる。
「徽章を見せろ」
そういえば地位を示すには徽章が一番いい。ベルトに挟んだ制服を抜くと、胸の徽章を見せる。これが何を示しているのかは分からないが、【影】のものと似ていたし大丈夫だろう。
「【影】の手の者か。この案件は我の担当だと思っていたが、そちらにも指示が行っていたのか。ご苦労だったな」
【影】とは別勢力の誰かか。知り合いのようだから特殊部隊の誰かだろう。言っている内容から推察するに【影】はこの研究に対する指示を受けていないのだろう。【影】に騙されているという線は薄そうだ。
「そ、それで、あなたは……?」
軍の人間を装って正体を聞く。目の前の人物は、何者なのだろうか。
「別部隊の者とは接点もないものな。我は【静】。五人の特殊部隊のうちの一人だ」
【静】。まあ聞いて納得と言うか。やはり特殊部隊のうちの一人だったか。【影】とは険悪ではないみたいで助かった。
もしこれが対立関係にある誰かだったら、襲われていてもおかしくない。対立している相手の部下を襲うなんてよくある話だ。
「しかし、この研究所の者も大胆なことをしたものだ。陛下のために抽出した魔力を半分以上くすねるとは。結局魔力の行方も分からぬし、困ったものだ」
陛下のために、か。何人関わっているのかは知らないが、【影】に詳しく聞く必要がありそうだ。まさかこの研究に国も関わっていたとは。誰も止められない訳だ。
しかし、根幹魔力の大部分を抽出しておいて何に使うつもりなのだろうか。ニクスロット王国の巨砲のように、何か超大型の兵器でもないとあの量の魔力は使い尽くせない。それこそ世界を変えるような大事だ。
「しかし、この者たちはどうしましょうか」
「陣の中にでも入れておけばいい。すぐに消えるだろうさ」
【静】はそう言うと、ぶつぶつと呪文を呟き風で地面に倒れ伏した研究者たちをイザベラのいる陣の中に放り込む。
すると、彼らはものの数秒で身体が崩壊して消滅してしまう。早すぎはしないだろうか。俺もかなり苦しかったが、身体が崩れるということはなかった。
俺は魔力喰いのおかげで影響を軽減することができたのだろうか。確かに、そうであればイザベラの声を聞けるのは俺一人しかいない。
とりあえず、今は無事に帰ることを考えよう。今は任務遂行に来た兵士だと思われているからいいが、魔力の抽出を止めようとしているとバレたらさすがにまずい。
【影】はあの実力で諜報役だ。戦闘要員ともなれば彼以上の強さを誇るだろう。まだ【静】が戦闘要員とはわかっていないが。
「さて、我はここで陣を書き換えて魔力を直に送るよう調整する。貴様は先に帰っておくのだ」
敬礼をすると、階段をゆっくりと昇る。いろいろと、重要なことを知ってしまった。
次回、156:魔力炉計画 お楽しみに!