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153:秘密の部屋

 入った瞬間、すっと身体が冷える。足元は、一歩踏み出せば転がり落ちてしまうような階段だった。地の底へ続くような、長い長い階段だった。


 ただ、危険だとか見られたくないとか、そういう雰囲気ではなかった。何か見てはいけないものを隠している。俺にはそう思えた。これは、ちょっと安易に忍び込んでいい場所ではない。


 俺は軍の制服を脱ぐと、持ち歩いている布を首に巻いて顔を隠す。脱いだ制服をベルトに通すと左手に銃を握ってゆっくりと下の階へ降りていく。


 階段は、本当に長かった。まるで、地底に向かうようだ。奥から吹いてくる微かな風には、心なしか多く魔力が混じっているように思えた。


 しばらく行った後、何かの気配がして俺は足を止める。人ではない。しかし、人のように動く何か。ゴーレムのような物だろうか。


 灯りが見える。出口らしきものを見つけた俺は、銃を構えながら刀の柄に手をかけゆっくりと進む。


 突入したその瞬間、俺は言葉を失った。地底には、やはり地獄がある。ここは地獄という言葉でしか表せない。


 人のようなもの。その言い方はあながち間違ってはいなかった。正しくは、人だったもの。それが巨大な光球に磔にされている。


 かろうじて、人の形が残っている程度か。もはや男か女かもわからない。推測される体格から言えば女だろうが、そんなことはこの際どうでもいい。


 それから目を離して、机に置いてある書類を見る。魔術的な技術については専門ではないが、書いてある内容的には異界接続が目的であるのが分かる。


あの光球が何であるかもわからないし、あの人がなぜこんな風にされているのかは見当もつかないが、それを使って異界接続をしようという目論見だけはわかる。


 こんな実験、人に見せられはしない。人すら触媒にする魔術だ。もちろん自己犠牲の魔術なんてものも世の中には多くあるけれど、これはそうではない。ただ目的のため人としての生き方を奪われたのだ。


 光球に歩み寄った瞬間、体験したことのない不快さが身体を通り抜ける。一瞬、全てを忘れかけた。記憶だけではなく、脚の動かし方も、声の出し方も。赤子以下の状態になったのだ。


 焦って後ずさりをするとその感覚は消えてなくなる。しかし、俺の感覚を受け取る器官が失われたのではないかと疑ってしまうほど、強力な何かだった。


よく見れば足元には進入除けの魔法陣が展開されている。俺は気付けなくてうっかり入ってしまったのか。これはダメだ、人が触れてはいけない何かだ。


 しかし俺は歩み寄らざるを得なかった。人だった何かが、必死に俺を呼んでいるように思えて仕方がないのだ。まるで助けを求めるように。


 身体を震わせながら、陣の中に足を踏み入れる。身体がバラバラになっていくような感覚に耐えながら、それを見つめる。できることなら、早くしてほしい。


『きいて わたし の こえ を』


『わたし は いざべら』


『××× に あいされた こ』


 自分が揺らいでいるせいで、何を話しているのか音でわかっても意味は分からない。


 愛。あい。アイ、されタ。こ。必死に意味を紡いでも到底追いつかない。暗い泥道を這い進んでいるような最悪の心地。


「はヤク、いエ。ナがくハモたなイ」


俺が壊れる。崩壊していく。俺自身の形すら揺らいでいるように思える。まるで、俺の存在も何もなかったかのように。俺から俺が消えうせていく。


『ここ は 【キョ】 と うつしよ の とびら』


『ほし の なかみ は ここ に』


『あなた が わたし の はなし を はじめて きいてくれ──』


 耐えられなくなって後ろに倒れ込む。陣の中に入っていた時の記憶と、失われかけていた俺が一気に戻ってくる。


 震える身体を必死に抱きながら、乱れた呼吸を少しずつ整える。恐ろしかった。俺は消えかけたのだ。もう少しで、俺そのものが失われるところだった。


「イザベラ……か……」


 俺は彼女を見つめながら、しばらくその場から起き上がることができずにいたのだった。

次回、154:地底の扉 お楽しみに!

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