140:それは、空を翔ける鋼弾2◇
「アルタイル!」
飛んでくる狙撃魔術を切り捨てながらアルタイルに駆け寄る。あのマントのいくつかは狙撃礼装なのか。微妙に色合いが違うので分かる。
このタイミングで反撃か。狙撃の際に面倒なもろもろを礼装に任せられてしまうために向こうの方が圧倒的に有利だ。
「カイル、礼装着てる奴を全部落とせ。その間俺が守る」
外壁に寝そべり、狙撃の姿勢に入ったカイルの横に立つ。カイルを狙った魔術を、刀と左手で全て受け止める。
轟音。見事だ。狙撃銃から放たれた弾丸は礼装を着た構成員たちを粉々に打ち砕く。装弾から射撃まで、約一秒。あまりにも早い。
『犯人の女は彼らの下の路地を走っている、今殺すんだ!』
カイルの通話宝石からエルシの声が響く。だが、路地を撃つには少し高さが足りない。カイルを飛ばせばその間に狙い撃ちされてしまうし、どうにもならない。
爆破系の魔術でも付呪した弾丸でも持ってくればよかったのだが、それもできない。今から追っても届かないし、為す術がない。
だが、こんなところでみすみす犯人を逃すなんてできない。もし逃がすくらいなら殺してやる。建物を貫いて弾丸を当てられるだろうか。いや、さすがに厳しい。カイルの能力云々ではなく威力不足だ。
「レイさん、僕を空に。被弾してでも絶対に当てるっす」
カイルが小さく、しかし強い意思を持った声で言う。こう言ったらカイルは確実に当てるだろう。無数の魔術に身体を貫かれようとも、命を失おうとも絶対に。
「死ぬなよ」
カイルを前に、俺はそれくらいしか言えなかった。覚悟を持った者に対して、多くの言葉は必要ない。彼らは自分の中で、その意思を完成させている。他からの言葉など必要ない。
覚悟と諦めの違いなんて、もう飽きるほど語られてきた話だとは思う。前に進むのが覚悟、後ろに下がるのが諦め。誰かを守るのが覚悟、自分を守るのが諦め。
どれもこれも正しいと思う。聞けばそんな気がするから。でも俺は思うのだ。覚悟か諦めかなんて本人が決めることではないのだと。
覚悟と諦め、いずれであろうとすると決めた人間にその正体が何であろうかなどと考える隙は無い。ただそれを見ている人間が、その人の決定を何なのか断じるだけだ。
それが、眩しくて輝かしいものを人は覚悟と呼ぶ。暗く悲しいものを諦めと呼ぶ。俺には、カイルが眩しかった。その輝きを、俺の言葉で奪わせはしない。
カイルの腕を掴み、空へ投げ上げる。全力だ。これだけの勢いで投げれば、犯人にも当てられる角度で狙えるだろう。
エルシから連絡が入るまでに倒し切れなかった狙撃礼装組が、カイルを一斉に狙い撃つ。この高さでは俺はもう手を出せない。頼む、耐えてくれ。
「……るぜ」
俺の後ろで声がする。振り返れば、狙撃で利き腕の右腕を撃たれたアルタイルが立ち上がっていた。決して放っておいていい傷ではない。安静にしているべきだ。
「まだ、俺が、いるぜ!」
手負いの腕を振り上げ堂々と立ったアルタイルは、飛来する魔術を全て相殺する。弾丸に弾丸を当てるような超人技だ、さすがといったところか。
まったく、親子揃って無茶ばかりする。カイルにそういう癖があるのは分かってはいたが、それも父親譲りだったか。顔は全然似ていないが。
「やっちまえ、カイルッ!」
「ありがとう……父さん」
銃声が響く。
それは、決定的な一射だった。まっすぐに空を翔ける鋼弾は、しっかりと犯人を撃ち抜いたのがここからでもわかった。
空中では反動に耐えられなかったのか、バランスを崩して落ちてきたカイルをアルタイルが受け止める。礼装を着た数人には逃げられてしまったが、この状況では量産は難しいだろう。
もう銃の射程外だ。倒し切れなかったのは悔しいが、犯人を消せただけでも良かった。なにしろ、カイルとアルタイルが無事だったことが。
アルタイルはカイルを地面に下ろすと、嬉しそうににっこりと笑う。
「初めて、父さんと呼んでくれたな」
「恥ずかしかったんすよ。ああいうきっかけでもないと言いにくくて」
次回、141:父の道標 お楽しみに!