130:狙撃礼装3
夕飯を食べながらカイルと今日あった捜査の内容を共有する。ちなみに今日の夕飯はシチューだ。余った牛乳を押し付けられたとかで、余っているらしい。
「ん、ちょっといい肉でも買ったのか? ずいぶん煮ただろうにパサパサしてないな」
「シチューに入れる前に一度焼いてるのさ。ひと手間加えると味が大きく変わるってね」
キャスがちょっと誇らしげに言う。キャスの料理上手がこのひと手間から来ているということだろうか。
格安の食堂で作られたただ具材を突っ込んだだけのものとは違う。というか一緒にしてはいけないだろう。ああいう食堂に行くのは安く腹を膨れさせたい者なのだ。
味を一番にしたものと値段を一番にしたものを比べるのは、銃とナイフを比べて銃の方が遠くの敵を殺しやすいと曰うようなものだ。銃は同じ用途の銃同士で比べるべきだろう。
「やっぱり捜査にも必要なんすかね、もうひと手間。レイさんは犯人のアジトと狙撃礼装を見つけたんすもんね」
「まあほぼエルシの手柄だけどな。カイルの方には手掛かりはなかったのか?」
「僕たちは兵士や周りの皆さんへの聞き込みもしてたんすけど、恨みのような話は聞かなかったっすねぇ」
確かにアルタイルは人格者だ。それはあれだけたくさんの護衛に志願してきた兵士がいることからも明らかだ。
しかし、聞き込みをアルタイルの周りにするのは隠された悪意を見過ごすことに繋がるかもしれない。善と思った人間の悪性を見るのは、そんなに簡単ではない。
アルタイルに致命的な悪性があるとは思えない。だが、悪意がなくとも人によってはそれが許しがたい悪であることは少なくない。そしてアルタイルを信奉する人に、それは見ることが出来ない。
エルシの言っていた、視座を変えるという考え方が少しわかった気がする。主観でもなく、一般論でもなく、殺す人間の視点で彼を見る必要がある。
といっても付き合いは短く、ほとんど行動を共にしていないため俺にはそれは難しい。ジョルジュもエルシに言われている気もするがカイルにも頼んでおこう。描く犯人像が違うかもしれないし。
「カイル、明日は捜査を続けつつ犯人視点でアルタイルのことを見てほしい。何か発見があるかもしれないしな」
「レイ、なんか頭良さげ」
「いや、ただ人の考え方を参考にしただけだ。俺自身は何もしていないさ」
俺の話し方が少しエルシに寄ってしまったのか。考え方を真似たら話し方も似てしまったのだろうか。気を付けないとイゾルデに仲間かライバルのどちらかだと勘違いされる。
なんというか、ちょっと訳のわからない兄妹について行ってしまったせいで俺が出来ることが全くない。ついて行くだけで何もしないというのは少し居心地が悪い。
居心地を良くするために働くわけではないが、俺も少しは貢献しないと気が済まない。
というか俺は少し焦っているのだ。最終的に犯人との戦闘で何か役目があると思っていたが、イゾルデの戦闘力は俺を必要としないほどのものだ。
必要なのだ、自身がここにいていいという証明のようなものが。ただ一行について行くだけでは意味がない。俺は俺に意味を欲している。
焦っていいことなんてないと、わかってはいるのだが。俺はただ俺にできることをするだけだ。できないことはできないのだから。
「レイ坊、しゃっきりしなさいよ! お腹空いたら頭も働かないよ!」
キャスにばんと背中を叩かれ、半分くらいシチューの残った皿になみなみシチューを入れられる。食べきれない量では決してないが、多い。
「いや、腹が膨れても頭は働かないと思うんだが……」
その後も3杯シチューをおかわりさせられ、シチューの海で泳ぐ夢を見ながら、俺は朝を迎えたのだった。
次回、131:狙撃礼装4 お楽しみに!




