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11:胎動

 初めての任務を終え、俺に言い渡されたのは三日間の休暇だった。せっかくの休暇だが、俺の気分はどうにも高まらなかった。理由は二つ。


 一つは左脚だ。ジェイムにナイフを突き立てられたところが未だに痛む。正しくは、そんな気がする。傷は問題なく塞がり、後遺症もない。だが、あの痛みはそうそう忘れられるものではない。


 小さかった時とは違う。あの頃の俺のように、苦痛を記憶ごとどこかに押し込めてしまうことはできない。それほどの弱さは無くなってしまった。弱いままだったらあるいは、忘れておしまいにできていたのだろうか。


 消えない痛みに、ため息をつく。


 そして、俺の気分が優れない理由の二つ目。それは初っ端から俺がしくじったからだ。


 望んで始めたわけではない。むしろ脅されて始めた仕事だと言っても過言ではない。しかしそれでも、期待された仕事だ。俺の力を期待されて、任された仕事だ。


 しかし、俺はそれをしくじった。とすれば、俺の存在価値は、雇われている価値は、もしかしたらないのかもしれない。


 そこに、ノックの音が響く。返事をして、入って来たのはキャスだった。


「なんだよ、笑いに来たのか?」


「まさか、ウチはそんな冷たい組織じゃないよ。むしろよくやったと思うけどなぁ」


 思っていた数倍優しいキャスの態度は、俺にはどうにも変な感じがする。いや、そもそも1日にこんなにもゆっくりと、人と話すことがないのだ。リリィと一緒にいた時にも思っていたが、早く慣れないと。


「服、もう少し余計に買ってくる」


 逃げるように部屋を出る。キャスには申し訳ないが、優しくされていると、逆に惨めな、どうしようもない気持ちになる。キャスは俺に、それ以上何も言わなかった。


 やっと一人になって買い物ができる、と思った矢先、角からひょこりと顔を出したのはリリィだった。俺と同じく暇をもらって、少し散策をしていたところらしい。


 替えの服を買おうとしていると言ったのだが、なぜか後ろをついてくる。いや、これもいい機会だ。予定を変えて、リリィを労ってやることにしよう。


「なあ、肉まんじゅう好きか?」


「好き。どうして?」


 おとなしそうな顔が急に戦意のようなものを帯びる。やはり食べ物には食いつきがいい。食べ物だけに。


 もともと服を買い込むつもりだったから、金は十分ある。もともとの予定から少しだけ進路を変えて、近所の商店へと向かう。


「やあ嬢ちゃん。今日は兄ちゃんが一緒なんだね」


 リリィと店主の老人は顔見知りらしい。既に相当通っているとみえる。まあこれだけ近くに、こんな店があればリリィが通うのも容易に予想できる。


 変わり映えしない食べ物では満足できないかもと思ったが、杞憂だった。店先の椅子に座ったリリィは、食べ放題だと言うと次々に肉まんじゅうを口に放り込んでいく。


 リリィと出会った時はどうしたものかと思ったが、こうして嬉しそうに食べてくれるのであれば、来た甲斐もあるというものだ。キャスには申し訳ないことをした、人と過ごすというのもなかなか悪くない。


 俺も一口まんじゅうを齧る。まるまるとした見た目に反して中の具は一つ一つが大きく、食感もいい。リリィのことは言えない、俺も二つ三つは食べてしまいそうだ。


 こういう昼間もいいものだ。子供の手を引き買い物をしている女性。馬車の積荷が落ちないよう、神経質に荷台を確認する行商人。憲兵と魔術師らしき集団。それから……。


「おい、あいつら……」


「うん」


 ありえない組み合わせだ。今の魔術師の集団、服装がこの前の、ジェイムを雇った組織のものに似ている。そしてそいつらとともに、親しげに歩いている憲兵の女、あいつは。


 リリィと顔を見合わせる。俺たちが捜査に出た時、早々に現場を片付け撤退していた憲兵たちの長。あの場の責任者だ。手がかりも何も見つからないわけだ。あいつらがほとんど抹消してしまったのだろう。


「追うか」


「うん。……おじさん、ごちそうさまでした」


 リリィとともに店主に軽く頭を下げてから、集団を尾ける。真後ろに行こうとするリリィを軽く抑え、ゆっくりと、しかし視界からは外さないように進む。


 そうしてしばらく歩いたところで。


「お二人とも、官庁街でお散歩っすか?」


 急に現れた気配に、刀を抜きたくなる。そんな気持ちを抑えて、ただ一言だけ。


「ただの散歩で済むかはあいつら次第だ」


 声の主、カイルも俺の一言である程度状況を察してくれたようで、一気にふわりと魔力を纏い始める。さすがだ。


「もし革命派がここまで根を張っているとしたら、結構マズいっすね」


 難しい仕組みは知らない。だが国の治安の一角を担っている憲兵団の一部が既に侵食されているとすれば由々しき事態だ。革命派に都合の悪い事件は隠し、王家側に都合の悪い事件が取り沙汰される、そんなことも起こりかねない。


 そうなれば革命の土壌はそれこそ土を耕すよりも容易く出来上がる。そうなれば俺たちも。


 とはいえ問題はそう簡単なものではなくなってきた。彼らが入っていったのは憲兵団の本部。俺たちといえどおいそれと入っていける場所ではない。


「ここからは俺の仕事っす! お二人は戻って報告をお願いするっす!」


 歯がゆいが、ここはカイルの言うことが正しいだろう。一度この場は内部の動きを察知できるカイルに任せ、帰って温存しておくべきだ。そもそも俺たちは非番だし。


 そうして特務に戻ると、アーツが何やらテーブルに銃を広げているようだった。


 俺に使えということかと思ったが、少しおかしい。この銃、どこにも弾を込める場所がないのだ。つまりこれは……。


「やあ。この前押収した設計図をもとにね、作っちゃった」


 ジェイムが奪った設計図、それをアーツが回収し、それどころか試作品まで作ってしまったのか。こういう技術を魔導工学とか言うのだったか、この男の多才さにはもはや呆れてしまう。


 しかし、どうにも凄さがわからない。実弾を撃つ銃とは違い、魔力さえあれば弾切れがないことくらいは知っているが、効率自体は【魔弾】とほとんど変わらない。だからこそ魔導銃というのは普及していないと思っていたが。


 俺の訝しげな表情が伝わってしまったのか、アーツがリリィに魔導銃を手渡し、軽くウィンクする。撃ってみろということか。


「おぉ」


 引き金を引くと同時に、連続で弾が飛び出す。なるほど、本体の耐久性を大きく上げることで連射を可能にしたのか。


 これならば手数で【魔弾】を上回れる。中には魔術を多重起動するような器用なやつもいるが、そんなものを想定していても仕方がない。そもそもそこまでの魔術の使い手ならば防護魔術で防がれてしまうはずだ。


「リリィちゃんはあんまり小回りが利かないからね。護身用にどうかと思って」


「ありがとう。大事にするね」


 幼い少女に拳銃。危なっかしいしあまり気持ちのいいというか、積極的にみたい絵面ではない。しかし人形じみたこの少女が持っていると、どうにも絵になる。危うさを孕んだ美しさというやつか。


 他にもいくつかある試作品を手に取ろうとしたとき、ドアが叩かれる。


「お、マズいね。二人とも隠れてて」


 心なしか楽しそうな様子のアーツに、物置に押し込まれる。意外と中は広く、リリィと二人で入ってもそう狭くはなかった。しかし、どうしていきなりこんなところに。


「出迎えが遅いな」


「はは、急な来訪に歓待を期待しないでくれたまえ」


 聞いたことのある声。この少し低い声は……。


「まあ座りなよ、イッカ団長」


 どすんと、乱暴に座る音。十中八九、その音の主も親衛隊の女、イッカだろう。あのハーグという団長の男が死に、彼女が団長となったのか。それはそうと、この拠点が親衛隊にも割れているとは。あの日大挙して押し寄せて来なかったのが不思議なくらいだ。


「団長を殺した貴様に言われると、吐き気がするな」


「仕方なかった、ってやつだよ。俺もハーグさんは好きだった」


 言い訳にもならぬ言い訳。むしろイッカの神経を逆撫でするような言葉。一見、アーツの話し方も含めてそんなふうに聞こえる。それでも俺は、彼の言葉が真実なのではないかと感じずにはいられなかった。なぜだろう。


 そんな状況の中でもイッカは冷静だった。ここでこの男を私怨で斬るのは立場的に難しいと判断したのだろう。そしてなにより、戦力的にも。


「……まあ、いい。回収した資料を引き渡せ」


 隙間から覗いてみると、ちょうどイッカが中身を検めて懐にしまっているところだった。そして、その視線はテーブルの上の魔導銃へと注がれる。


「限りなく、余計なことをする男だな」


 殺気が膨れ上がる。本当に手を出す気はないのだろうが、それでも最大限の怒りを抱えているのがよくわかる。直々に取りに来たという態度からもわかるが、できればまだ表に出したくはないものだったのだろう。


「覚悟しておけ。我らには独断粛清権も与えられているということ、忘れるな。かつて貴様が何者であったとしても、な」


 そう言い捨ててイッカは出ていく。あれだけの圧力を放っているイッカと相対していたというのに、アーツはやれやれと首を振っている。どうしたらあんな態度でいられるのか。


 もう大丈夫だと物置を出たその時、部屋に据え置かれていた通話宝石が鳴り響く。


『皆さん、西部憲兵団司令部が完全に占領されたっす……!』

次回、12:戦闘開始 お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] いきなりイッカさんが訪ねてきて、戦闘に突入かとヒヤヒヤしちゃいました><; 設計図を見たかどうか、の辺りとかピリピリした空気感で一触即発な関係性を感じました。
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