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121:歴史の楔

 クリスを護送し、俺は帰路についた。遊撃隊の本部で腕輪型の魔術封印拘束を装着してもらい、ある程度良い環境で隠匿するように頼んでおいた。こういう時に王家のペンダントは役に立つ。


 あれだけ長い戦いだったのに、終わってみれば何も始まっていない。なんとも不思議な感覚だ。


 クリスは無事制圧することが出来たが、【蒼銀団(アビス・インディゴ)】の頭首とは大きな因縁ができてしまった。今回の出来事を覚えているのは俺とクリス、そして彼だけ。俺への復讐のために特務分室の誰かを狙うということも考えられるし、注意するように言っておこう。


 とはいえさすがに彼もすぐには手を出してこないだろう。性格は極悪だが、考える力はしっかりある優秀な男だ。あれだけこてんぱんにやられてすぐに向かってくるほど馬鹿ではない。


 それはつまり、次に戦う時はカイルの銃撃くらいは軽く防げるようになっているということだろうから恐ろしいが。


 それでもまあ、とりあえずは喜んでいいだろう。俺はちゃんとここにいるのだから。勝利は勝利だ。


 特務分室へ戻ると、みんながニクスロット王国での荷物を片付けているところだった。そう、この日なのだ。俺が守ろうとしていたのは。


「もー、レイくん気付いたらいなくなってるんだもん、びっくりしたよ。いつの間にそんなに気配を消せるようになったんだか」


「悪い、少し用があってな。謁見なら一緒に行くから、少し待ってくれ」


 考えていることを見透かされたと思ってびっくりしたのか、アーツの笑顔の中にも驚きが見られた。それがなんだか可笑しくて背を向けてからふふふと笑う。いつも人の思考を読んでばかりのアーツの考えを知っているのが少し面白かったのだ。


 軽く声だけかけて部屋を出た俺は、鍵の付いた扉へと向かう。ヴィアージュにも、事が済んだことを報告しなければ。


 とりあえず危機が去っただけで、まだこの世界は特異点化している。今日を抜けるまでは、ヴィアージュも気が気でないだろう。


 ヴィアージュの部屋に入り、奥で横たわる彼女に声をかける。いつもの達観したような様子とは違い、少し元気がなさそうだった。


「いくら特異点化しているとはいえ、やはり現代の空気はあまり身体によくなかったみたいでね。まあ君たちでいう風邪みたいなものさ、そう重いものじゃない」


 魔力濃度の薄い大気は、神代の存在にとっては毒。無理をしながらも来てくれたのだ。俺だって精いっぱいの礼をしたい。彼女が居なければ絶対に勝てなかったのだから。


「風邪は万病のもととも言ってな、病人はしっかり休んでおけ」


 起き上がろうとするヴィアージュを制し、傍に畳んであった毛布をかけてやる。弱っているところにこんなことを言って悪いが、こちらの方が神気とかいろいろ纏っていなくて接しやすい気がする。


「人の身で、自分の未来を変えることなんてできないのにな。楔を打ち壊すことは、命を以てしか為すことが出来ないのに」


「楔?」


「うん。歴史には、絶対に避けられない楔があるんだ。人の一生にもそれがあってね、『この時にこれが起こる』って点を絶対に通過しなければいけないんだ」


 人が持つ選択肢と、それによって生まれる可能性が収束する点ということか。その点は絶対に避けることが出来ない。たとえ何度過去を変えたとしてもか。


 クリスにとっての歴史の楔は、きっと俺に敗北するというものだったのだろう。だからこそ、俺はどんな状況でもクリスを殺せたし、クリスはどんな状況でも俺に負けた。


 王都が燃えた前の今日、俺が罠を掻い潜りそれでも存命することが出来たのは、もしかしたらこれの影響だったのかもしれない。


 『俺に負ける』という楔のせいで俺に負けるというのは、世界に負けることと同義だ。世界のシステムそのものに、そう簡単に勝てるものか。


「それで、楔を乗り越える方法っていうのは?」


「まあ、簡単に言えば命を投げうつんだ。彼の場合であれば、君に殺されるより後の時間を指定して死ねば、君に負けるという未来は避けられる。その未来を、見ることはできないけどね」


 未来に時間を指定して、そこに遡行する。彼の魔術が時間遡行に特化しているならば、負の方向に遡行すると定義すれば不可能ではないのだろうか。まあ理屈はどうあれヴィアージュが出来ると言うのだからできるのだろう。


 しかし、命に代えても乗り越えたい楔を乗り越えても、自分がそこにいないのなら意味がない。だからこそ、誰もそれをしないのだろうけれど。


「なあ、命さえ差し出せば、誰にでも楔は乗り越えられるのか?」


「まあ、そうだね。あくまで可能性が生まれるだけだけれども。楔にも大小あってね、場合によるとしか言いようがない。何しろ楔を乗り越えた人間なんて片手で数えるほどしかいないんだ」


 一通り話を終え、俺はヴィアージュの部屋を後にする。あまり病人に無理をさせるのも良くない。


 それにしても、歴史の楔か。誰の歴史にも存在するという歴史の楔、それは誰にも避けようのない、運命のようなもの。


 人の運命を操るヴィアージュをして、無理だと言わせるのだからその強度はそこらの大魔術で変えられるようなものではないのだろう。


 俺と、俺の周りの人間の人生に突き刺さった楔が、どうか絶望的で破滅的なものではなく、ささやかでもいいから幸せをもたらすものであれと、俺は願うのだった。

3:《遡上廻転時空》今回で完結です!

次回から3章と4章の間の少し短いお話に入りたいと思います!

EX:《薄暮貴賓列車》と同じ扱いのEX章です、《薄暮貴賓列車》よりは、少し長くなるかなーと思っています


次回、121:届きそうで届かない お楽しみに!

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