119:反撃の一射
そうそうに切り札であった巨人を潰され、さすがの頭首も唖然としている。それはそうだ、現行の技術ではダメージを与えることすら厳しい神代の怪物を一瞬で制圧してしまったのだから。
これは神代に近い獣を狩るのに銃を開発していたニクスロット王国と、それを対装甲車用に改造してしまったアーツの手柄だが。もちろんそれを操るカイルの腕も並大抵のものではない。
「見積りが甘かったかな。アーツや遠くのメンバーは無理でも、君と表の少女くらいは殺してやる」
何としてでもこの戦いを終わらせる。この銃の存在も知られてしまったし、次今日が来たとき勝てる確証がない。
俺は、頭首と運悪く当たった場合苦戦することも考慮していた。もちろんこれは条件が整わなければどうにもならないが。しかし、今ならそれも満たされている。やれる。
散弾銃で頭首を牽制すると、まだアーツの禁呪の輝きが残る空に銃口を向ける。タイタンのおかげで天井が吹き飛んでくれていて助かった。
轟音をあげて放ったのは赤い煙弾。高い空に一直線に線を引き、俺はここにいると伝える道標。そして鋼弾の餌食となる者の墓標。
赤い煙が天に昇った次の瞬間、壁を突き破って弾丸が飛来する。頭首も流石の反射神経で、咄嗟にナイフをいくつも作りだし盾にしたがそんなものはただの鉄片だ。
ナイフを粉々に砕き避けようとした頭首の右肩に命中、そのまま右腕を吹き飛ばす。肘あたりまでぐちゃぐちゃになった腕は、血を撒き散らしながら床に転がる。
「うあああああああああああ!!!! 腕がッ!!!」
右肩を押さえ叫ぶ頭首の後頭部を刀の峰で思い切り殴り、沈黙させる。まあこれで死んだも同然だ。おそらくクリスを連れた別動隊がクリスを殺しにかかるだろう。
俺は館の二階から通りを挟んで反対側の家の屋根に飛び降りると、下で戦っているアーツとハイネに声をかける。
「散開だ! ハイネはここを頼む、アーツは絶対にクリスを殺させるな。俺が到着するまで、少しだけ耐えてくれ……!」
指示だけ出すと、攻撃がこちらに向かないうちにある場所へと向かって走り出す。
後ろでは、アーツが黒衣を翻し、鎖を使って高速で移動している。それを追おうとした数人を止めるため、ハイネは禁呪の状態を変換、身体からは血が噴き出していた。
屋根を伝ってしばらく走り、大通りに出たあたりで飛び降りる。目指すのは一点、俺達が勝利しうる唯一の可能性を秘めた場所。
しばらく走って辿り着いたのはクリスが滞在していたぼろ小屋。おそらくここに彼は帰ってくる。
一度死んでから時間が巻き戻るという体験をして分かった。あれは相当精神的に疲労する。あれを何度も繰り返していれば戻ってからしばらく活動できない時間があるはずだ。
俺が一度ここで彼と話したのも、ただ偶然ここにいたからではなくここに戻ってきてしばらく動けなかったからなのだ。
ポケットから取り出した通話宝石を少し遠くに投げ捨て、きらきらと輝く銀の鍵を取り出す。
「頼む。力を貸してくれ」
銀の鍵を握り締めながら祈ると、金色の光を纏ってヴィアージュが現れる。金の雪でも降っているのかと思うほどに美しく豪奢な光景だった。
「さて、私を呼ぶとはどんなピンチかな? 私に出来る事なら叶えてあげよう」
こんなことを言うのは少し恥ずかしい。だが、今俺に一番必要なものは。
「魔力をこの周囲に放出してくれないか? ここには俺一人でしか来られなくてな、魔力が必要なんだ」
「ふむ、君らしい願いだ。いいよ、任せたまえ」
ヴィアージュは両手をばっと振り上げ、さっき纏っていたような金の色をした魔力をあたりに振り撒く。さっき投げ捨てた通話宝石が起動し、ポケットの中の『それ』に力が宿る。
「【永遠の氷華】、疑似結界起動。カイル、今だ!」
『了解っす!』
【永遠の氷華】、その花びらを消費して『春』を形作っていた結界の疑似的なものが完成する。もちろんこれは半永久的に続くものではないが、内部を異界化するという重要な機能は失っていない。
カイルの狙撃は、まっすぐにアーツが守っていたクリスを貫く。俺が実際に見たわけではないが、カイルが動けないものの狙撃など外すわけがない。
その証拠に、世界は動くのを止めだんだんと色彩を失っていく。今この世に残っているのは結界内にいる俺とヴィアージュだけだ。
「わかっているとは思うけど……いや、今はこんなこと言うのは野暮だね。さて、仕事は済んだし私は一足先に帰らせてもらうよ」
にっこり笑ってヴィアージュはまた金色の光の中に消えていく。そしてその光も消え、俺はただ白に満たされた空間にひとり立ち尽くしているのだった。
次回、119:たとえ愛すべき未来でも お楽しみに!