10:初任務:解決
「お前が歳食っただけだろ」
なんて軽口も、相手にすぐにナイフを抜かせないためのものだ。今、彼の腕が俺と比べてどうかはわからない。しかしタダで済む相手ではないだろう。
「まだ時間もありそうだし、落ち着いて話でもするかね」
俺の言葉に乗ってくれたのか、それとももとよりそのつもりだったのか。ジェイムは近くの箱に腰掛け杖を置く。昨日と違うのはその眼光の力強さだけ。
「なぜ兵士を殺した。そして、ここに何をしに来た」
「この国の兵力を削ぎたくてね。完成した新型魔導銃の設計図を盗むために彼を殺した。ここには、試作品の破壊のために来たんだ」
いやに素直だ。時間が惜しくて先ほどの館で聞けなかったことまで全て話してくれる。普通、依頼人の目的やら何やらをここまで話すだろうか。
いや、しない。もしするとすれば、情報が漏れない確信をしている時だけ。つまり、俺たちを消すことができると確信をしているということ。
そう油断をしてくれているうちに情報をできるだけ引き出しておこう。確かに俺たちの仕事はこいつの確保だが、それ以上の仕事をすることも悪いことではないだろう。
「お前らの目的はなんだ」
「国家転覆、革命だとさ。もっとも私にそんな思想も意思もないがね」
そのために国の力を削ぐ。順当な手段だ。もう少し、と思って口を開きかけるが、特に聞くべきことも思いつかない。外の消火も進んでいる頃だろうし、そろそろ切り上げるべきか。
すぐに拘束してやりたいところだが、この男、帯びている魔力も薄弱、そして力を抜いて座っているにも関わらず隙がない。本当に一歩を、踏み出していいのだろうか。
「ちなみに、件の試作品というのがこれだ」
なんてことのない、日常の会話のように、ジェイムが側の銃を持ち上げる。あまりにも自然な動作で気づけなかった。
ゆっくりと持ち上がった腕、その手に握られた試作魔導銃の銃口は、はっきりとリリィの眉間を指していた。まずは魔術の通るリリィを、ということか。
緩慢だが隙のないジェイムの動作に、それでも俺は追いついた。引き金が引かれる前に咄嗟に腕を伸ばし、リリィの顔までの弾道を遮る。
しかし、というべきか。聞こえてきたのはいつも通りの銃声だった。そして腕に突き刺さる確かな痛み。
図られたか。この弾は実弾。俺が彼女を庇うことを見越して、自分の魔術消去の力に頼ることを見越して、わざと緩慢に、それでも反撃の隙を与えないほどの一射を放ったのだ。
痛みと出し抜かれた悔しさで顔を歪めた時には、もうジェイムは立ち上がっていた。腰のナイフを抜き、左腕を構える。
「赤天造りし火焔よ、今こそ力振るいてこの地を焦土と化せ」
ひとつの口からふたつの声が漏れ出ているような奇妙な感覚。魔術的に二度の詠唱を行った扱いにすることで、威力を倍増させる高等技術だ。この密室でそんなことをされれば、俺はともかくリリィが無事では済まない。
「俺の後ろに────」
「飛んで」
炎が迸ると同時だった。リリィの腕から凄まじい量の魔力が放出され、そして全てがなかったことになる。荒れ狂う魔力の奔流はジェイムの魔術も、部屋の銃も、全てを吹き散らす。
「この歳でここまでの魔力とは、末恐ろしいね」
そうは言うが、ジェイムの勢いは止まらない。リリィの魔力の奔流をいなしてすぐに、前に飛び出てくる。
痩せ細った身体からは想像できないスピード。あのときもそうだった。気付いた時にはあの凶器で斬りつけられ、痛みのあまり逃げたしたのだった。
奴の間合いになれば終わりだ。牽制のような形で刀を振る。俺が巧くなったのか、彼が衰えたのかはわからないが、一旦は距離を置くことができている。が。
彼の動きには余裕がある。恐怖の中で攻撃を捌き続ける俺とは違い主導権を握っているからだ。このままでは確実に疲労か、集中の隙を突かれる。
「さすが、『魔力なし』とあだ名されるほどに成長しただけあるね」
わかってはいたが、向こうも俺のことを覚えているか。後々のためにも、ここで消してしまうしかないか。
鈍い金属音を立てて、俺の刀がジェイムのナイフに噛みつかれる。下手に力を入れたらこちらの体勢を崩されかねない。が、逆にここで主導権を握れればこちらのものだ。
「このまま、倒れてくれ……!」
上から押し込むように力を入れ、刀がやっとジェイムの肩に食い込む。もう少し、もう少しで。
「……ッ!」
この衝撃が、慄きが、何によるものなのか、それは俺にもわからなかった。どちらも同時に訪れたことだったから。
小さく口角を上げた、その笑顔があまりにも奇妙だったから。そして、俺の力をも利用して突如滑ったナイフが俺の左腿に突き刺さったから。
記憶に違わぬ痛み。身体を内側からひっくり返されたかのような、暴力的な痛み。そして、殺しのためにあまりに効率的すぎる痛み。
神経も筋肉もズタズタに引き裂かれ、左脚の踏ん張りは効かなくなる。身体補強を張り巡らせて備えていたからあまり深くは刺さらなかったが……。
「が……ッ!」
引き裂くようにナイフを引かれる。あまりの痛みに視界が明滅する。ただ斬られたり、撃たれたりするだけではここまで、痛みだけで動けなくなることはない。この暴力性に満ちた刃先、脅威として十二分に機能している。
そして、痛みによって生まれた隙はあまりに大きい。鋭い蹴りが腹に決まり、こうなってはもう立っていられない。どさりと倒れ込む俺を無視して、ジェイムはリリィの方に歩いていく。
「逃げろッ!」
俺はどうにかなる。身体補強で今も傷口を修復中だし。だが、リリィはまだ小さい、体が俺より弱い。なにより、あの無垢な身体にあの酷い痛みを突き立てさせるわけにはいかない。
俺の呼びかけに呼応するように、リリィが烈しく魔力を纏う。これが応戦ではなく、俺の求めた通り、退避のサインだと、その魔力の量で理解できた。
リリィの小さな体躯からは考えられない速度。そうして階段を跳ねるように上がっていく。重力石に魔力を通し、飛び上がったのだ。リリィがここまで来た手段を知らないジェイムには驚くべき光景だろう。
チャンスは今しかない。視界の端に映った銃を、痛む脚を庇いながら手に取る。どこでもいい、当たってくれれば。
射撃と同時に、普段とは違う衝撃が身体に響く。全く力が入っていない証拠だ。そして左脚の激痛が、衝撃によってさらに増す。だが、そんなことはどうだっていい。
銃弾はジェイムの左肩に命中した。痛みや損傷の度合いはともかく、お互い左側に傷を抱えた状態。対等、とは言えないものの最悪からは遠のいた。
「足掻いても、君の不利は覆らないだろうに」
振り下ろされる短剣。ジェイムの言うとおり、俺の方が損傷が大きく、そして彼には技術でも劣っている。傷を無視して力押し、くらいしか勝ち目はないだろう。だが。
勝負はそう単純なものではない。技術で劣っているから、傷が大きいから、それは大きな要素の一つだが、断じて勝敗の結果を明確にするものではない。
例えばジェイム。俺と同じような治癒能力もなければ、殺し屋としてはかなりの高齢だ。そしてあの細い身体、魔力で半ば無理に動かしている状態だろう。つまり。
傷一つ取ってもその影響は身体によって違う。この男も出血が続けば、あるいは。
というのは、ジェイムの方もわかっているのだろう。確実に俺の息の根を止めるため、少し大振り気味にナイフを振るってくる。
焦燥の証拠、のように見える。だが、勘違いだろうか、この男が手を抜いているように見えるのは。予感があるのだ、このナイフの一撃を喰らっても、決して、痛くとも致命傷にはならないだろうと。
次の一撃、これを受ける。身体補強を防御に全振りして、刃を受けて、それから。
どんなに守っても防ぎきれない痛み、それを想像して、恐怖と一緒に飲み込む。
瞬間、天井が崩れる。火災による建物の倒壊、ではないだろう。なにせ天井を破壊したのは、炎の灯りを受けて紅く輝く白銀の鎖。それが蛇のように、美しく、そして滑らかに入り込んでくる。
「君たちに任せた、とは言ったけどもね」
鎖がジェイムを縛り上げ、俺の両腕を掴んで地上に引き上げる。視界の端から消える直前、俺の代わりに地下に入ったアーツの顔が、少し笑っているように見えた。
ジェイムを打ち破ったレイ。しかしその心境は穏やかではなく……。
次回、11:胎動 お楽しみに!