112:また一つ時は進む3
今、この状態の世界でのみ、俺は近接戦闘において無類の強さを誇る。身体を壊すことを考えなければ本気を出したヴィアージュとも渡り合えるはずだ。
身体が千切れそうなのを我慢して、出力が下がらないうちに同時撃破を狙う。
同時に斬りかかってきた三人を殺す。走っている途中に泥沼に足を突っ込んだように、がくんと出力が落ちる。残るは四人。
大振りの一撃だったから、隙が大きいと見たか。残る四人のうち二人が迫ってくる。前と後ろ、両方から。
「舐めるな」
懐から出した拳銃で前方の敵を、右手の刀を逆手に持ち替え後方の敵を殺す。この隙は隙であり隙でない。俺が故意に作ったものだ。
強者の条件の一つは、高度な状況判断能力だ。相手の隙や自らの活路を瞬時に見出す生命力。しかしこれは身体に染みつかせる癖のようなもので、反射に近い。
半ば無意識で起こることを無理矢理引き留めるのは難しい。彼らは戦闘の達人だ。隙を見せればそこを反射的に狙わずにはいられない。
これが、二流の殺し屋だ。反射でしか戦えず、その場その場での判断を神経に委ねた者だ。反射のみに頼れば、恣意的な隙を見抜くことが出来ない。
残り二人を高速で銃弾を撃ち込み、殺す。あまりに速く弾倉を回転させたせいで拳銃が破損する。これはもう使い物にならない。
拳銃を投げ捨てる。ここでの刺客はみんな片付けた。そして、彼らの思惑通りなら。
「わかってんだよ、馬鹿野郎」
炎の壁を抜け、最後の刺客が飛び掛かってくる。俺は彼らが現れたときに彼らの人数を『正確に』把握した。息を潜めて俺を狙っていた敵の存在にも気付いている。
ナイフを首に正確に投げつけ、絶命させる。これで本当に、ここでの敵は片付いた。早くリリィたちの許へと向かわなければ。
炎の絶えぬ道を走る。途中あった罠らしきものは全て身体補強で切り抜けた。
できるだけ早く到着するためとはいえ、さすがに傷を受けすぎた。いちいち修復してはいるが、少しずつ疲労が身体に響いてくる。息が少しずつ荒くなってきた。
しばらく走って、炎の向こうに人影を見つける。二手に分かれ、明らかに争っているのが分かる。遊撃隊本部に近い大通りだから間違いない、リリィたちだ。
刀で炎に隙間を作り、瓦礫を蹴散らして大通りに出る。右手には黒マントの集団が、左手には見知った少女たちが。
黒マントの集団も数人倒れているが、こちら側もキャスとハイネが戦闘不能状態に陥っている。キャスの背にはナイフが何本も刺さっており、リリィを庇ったのが分かる。
「お前ら、やってくれたな」
キャスとハイネを物陰に移動させ、リリィの前に立って黒マントたちと睨み合う。先頭にいるのは頭首か。取り巻きも今度こそ腹心だろう。
「なんで魔法を使わなかった? お前なら奴らを殲滅できただろうに」
「だって、ここじゃ他の人たちを巻き込んじゃう。そんなのは、ダメだよ」
リリィに言われて、頭を殴られたような衝撃を受けた。リリィは、仲間を傷つけられる辛さに耐えてでも、見知らぬ人を傷つけぬという信念を守り抜いたのだ。
よく見ればリリィも無傷ではない。致命傷を受けていないだけで身体のあちこちから出血している。そして堪えているが目には今にも零れそうな涙が。
こんな状態のリリィに頼むのは酷な話だが、俺達が確実に勝利するためにはこうするしかない。こんな時に一人で困難を退けてやれない俺が情けなかった。
「リリィ、お前に頼みたいことがある。できるな?」
リリィに一つ頼みごとをして、刀を構える。後方に隠れているクリスを殺せば、この世界はなかったことになる。もちろん厳重に守られているのだろうが、俺にはそれを貫くだけの火力がある。
「ここに来るまでに随分負傷したようだね。その身体でどれだけ戦えるかな?」
何を。自分でそう仕向けたくせに。リリィは俺が罠を無理矢理突破しなければ助からなかった。リリィを救うためには、ここまで消耗することが必須条件だったのだ。
この男、『何手先』だなんて言っていたが、もとよりここまで辿り着かせるつもりだったのだろう。つまりここまでは奴の想定内。まだ逆転の余地はある。
疲労で動きの鈍くなった身体に鞭打ち、攻撃に備える。
「アクセル」
飛来する無数のナイフを全て叩き落し、前進する。相手の人数が多いおかげで、なんとか高い身体能力だけは確保できる。
俺はまともな魔術戦をするタイプではないからか、取り巻きは手を出してこない。手を抜かれているのかもしれないが。
しばらくナイフを弾き続けていたが、それももう保たない。少しずつ後退し、とうとうあと一歩下がればリリィに届いてしまう、すぐそこまで来てしまっていた。
もう、ダメだ。やっとの思いで投げつけた刀も、5本のナイフを集中して当てられ地面に落ちる。
「残念だったね。大事な大事なお姫様は、護り切れなかったみたいだ」
詠唱と共にナイフが飛来する。リリィを庇うように前に立った俺は、体中にナイフを受ける。血を吐き、意識が薄くなっても、俺は立ち続けた。
ぐらりと足元が揺らぎ、それでも立つ。ここで守らなければ、わざわざこんなに痛い思いをする意味がない。
「フルアクセル」
しつこいと、止めを刺すように、冷徹な声で今までとは速さも重さも違う一撃が胸の中央に突き立てられる。これはダメだ。さすがに。
彼らは勝利を確信しただろう。最後の守りである俺が斃れたのだから。しかし、彼らには一つ見落としがある。それは、まだ特務分室で最高の火力を持つ者を無力化していないことだ。
とうとう力を失い、後ろに倒れた俺の身体を、何か温かく柔らかいものが支えた。もう朦朧とする意識の中でも、闇と炎の中微かに光を放つ白く細い腕だけは、はっきりと見ることができた。
「終わり」
満ちる極光。ちょうど世界が漂白されていくように、視界が白い光で満ちる。ただリリィの魔力を前方に放出させただけの、要は【魔弾】の応用だ。
それでも、このリリィであればただの初等魔術の偽物が国をも滅ぼす魔力砲になる。
白い光の中、俺はそれが本当にリリィの魔力なのか、それとも世界が漂白されているのかも分からずに、時間を遡上していった。しかし、俺は思うのだ。あれはきっと、リリィの輝きであったと。
112:持てる全て お楽しみに!




