111:また一つ時は進む2
爆心地に近づくにつれ、王都の風景は悲惨なものへと変貌していく。火と瓦礫に包まれた、生命を許さない地上の地獄。
生こそ異端であり、死が自然。表裏一体の生と死の、死の側面が表出した世界。生の後に死がやってくるのではなく、死の前に生がある。
四方八方から、助けを求める声が聞こえる。死が満ち溢れた世界で、何とかして助かりたいと天に向かって許しを請う声が聞こえる。
生きている人間にとって、死にゆく者の請願は呪いでしかない。恨みつらみが重なった怨嗟の声にしか聞こえない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けて」
這い寄ってくる脚の潰れた少女を無視して歩く。出血が多すぎだ、助けることはできない。
「どうか、この子だけでも」
赤子を差し出す母を無視して歩く。腕の中の子は既に死んでいる。母子どちらも助からない。
「頼む、助けてくれ。金ならいくらでも出す」
金貨を差し出す貴族を無視して歩く。俺が求めているのは、金よりも何よりも大事なものだ。
俺の通った跡に残るのは、絶望であふれた灰色の涙。地面に零れた涙も、炎に舐められすぐに消えていく。
火事と建物の倒壊のせいで、ここがどこだかわからない。だいたいの位置はわかるが、それだけだ。
やっとのことで、特務分室があったであろう地点に到着する。建物はほとんど倒れ、炎上しているため定かではないが、このあたりで間違いない。いつも部屋からみる王城と、距離と角度が一致している。
「リリィ! キャス! ハイネ! いたら応えてくれ!」
炎にむかって叫んでみるが、返事はない。あいつらに限って死んだなんて考えにくいが、この状況だと少し不安になる。
ふと思ったが、クリスはなぜこの作戦を容認したのだろうか。リリィの魔力が目的の彼は、リリィが死ぬようなことは避けたいはず。
術者が死んでしまえば魔力の管理は誰にもできない。そんな不確定な方法を彼は認めるのだろうか。
「熱っ……」
周囲の温度が上昇している。この温度の上がり方、不自然だ。
来た道もいつの間にか炎によって塞がれ、ここは炎の牢獄と化していた。足元を見るとうっすら赤く魔法陣が光っている。進入した者を検知して作動するタイプか。
これが罠のうちの一つだろう。俺がここに来ることを予測し焼き殺す算段だったのだろう。
身体補強を防御に集中させ、助走をつけて炎の壁を破る。魔法陣の影響で現れた炎は通常のものより熱く、身体こそ無事だったが、上着の裾などが焼け焦げてしまった。
炎を抜けても、地獄は終わらない。当然だ。煙の上がっている場所から見て、だんだんと王都全体に炎が広がっているようだ。
特務分室であろう場所の瓦礫を跳ね飛ばし中を見ていたが、人の残骸らしきものは残っていなかった。
リリィたちがこの危機的状況で向かうとしたら、それはどこだろうか。炎を防ぐことのできる、彼女たちが入れる場所。
「王城……なのか?」
キャスがリリィを抱えてハイネと走れば火の手を免れ王城に辿り着くのも難しい話ではないだろう。地下通路を使えば簡単に移動できるし。
ここから遊撃隊の本部まではそこそこの時間を要する。途中でクリスのいる路地の近くを通る必要があるし、襲撃するとしたらここから本部の間だろう。
「今度は何だ? 焼き殺せないから直接殴りに来たか」
炎をかき分け、黒マントの魔術師が何人も現れる。先程の敵と同じ衣装、『蒼銀団』の刺客だろう。
今度のはマントが少し短く、脚や腕を見た感じ接近戦により特化しているように見える。持っているのも短剣だし、刀を使う俺を意識しているのが分かる。
「さっきの奴らは俺を引き付けておく時間稼ぎだったってことか。本命はお前らだな」
目を左右に動かし、ここにいる人数を正確に把握する。人数が増えることによる身体補強の出力上昇で、捌けない数ではあるが即殲滅は厳しいだろう。
「死にたい奴からかかってこい。痛む隙もなく殺してやるよ」
次回、111:また一つ時は進む3 お楽しみに!