110:また一つ時は進む
頭首が手を天に掲げる。何か、特殊な魔術だろうか。まだ昼間だというのに、空が紅く見えるのはどうしてだろうか。
「あれは……!」
紅。それは炎の色。赫奕と空を照らす炎を纏った石が空から落ちてくる。一瞬身構えるが、狙いはここではないようだ。少しずれている。
狙いが逸れたのだろうか。石はここより少し東に落ちそうだ。空から落としてこの精度ならそれなりに……。
「東……狙いはカイルか!?」
無言の笑みは肯定の代わりか。この間俺がカイルに協力を要請したことを知っていたから、頭首は俺がカイルに何かを頼もうとしていることを知っている。
俺がカイルに何かを頼むということは、俺の計画はカイルなしでは成り立たないということ。奴はそれをわかっていた。
高速で落ちる隕石に、俺は何もすることが出来ない。弾丸数発で止められるものでもないだろう。
王城を挟んで東側に、隕石が衝突する。その爆風たるやすさまじいもので、ここにいても少し風に煽られ身体がふらつくほどだった。
建物が吹き飛び、そして炎が燃え広がっていく。王都のほとんどは壊滅した。そしてこれからもっと酷い地獄になる。
頭首が館の真反対に隕石を落としたのは、その威力のせいだ。きっちり反対側に落とすことで、王城を盾にしこちらの被害を抑えたのだろう。
「クリスは、生きてるみたいだな」
「もちろん、僕の部下に守らせたからね」
今のところ計画通りといったところか。さっきこの男は「あと何手で」と言った。まだ計画は続いている。
今俺が最優先すべきは、クリスを殺すことだ。クリスを殺さないことにはこの絶望的な状況はひっくり返らない。
「お前は、これが正史になってもいいのか。こんなに王都をめちゃくちゃにして、そこまでしてクリスの力を得たいのか?」
「僕たちは反王政府組織さ。王都がぶっ壊れるのはむしろ好ましいよ」
そういえば、忘れていた。『蒼銀団』はこの王国に巣食う癌のようなものなのだ。それが国を喰らい、潰すのは当然のことなのだ。
昼間、皆が起きている時間にも関わらず、火の燃え広がりは思った以上に速かった。落下の衝撃波で行動不能になった者も多いのだろう。今からあちらに行くのは、地獄に飛び込むのと同義だ。
だが、地獄に足を踏み入れ続けるのが俺達の仕事だ。考えろ。今すべきことは何かを。
クリスはきっと特務分室へ向かう。彼の目的はリリィの持つ魔力、大半の人間は衝撃波と火事で死んでいるから探すのも容易だ。
周りにいるのはキャスとハイネ。彼女たちも生きていれば十分な戦力になるが、欠けてしまっているとさすがに『蒼銀団』相手だと厳しい戦いになるだろう。
俺はリリィを探すべきだ。だが、本当に俺は俺のすべきことをしていいのだろうか。罠を張るとしたら、それは相手が一番すべきことにだ。
この男の罠は、きっと巧妙で致命的だ。嵌れば打開策と希望がどんどん削れていくのはわかりきったことだ。しかしそれでも、すべきことというのは、しなくてはならないからすべきことなのだ。
避けて通ることのできない道だからこそ、罠を仕掛ける価値がある。そして、これを押し通る他に道はない。
「俺が行くと言ったら、お前は止めるか?」
「いや、とりあえずは追わないよ。君の好きなようにしたまえ」
リリィの許にきっとクリスもいる。俺は頭首に背を向け、王都東部に向かって走り出した。
次回、110:また一つ時は進む2 お楽しみに!




