108:特異点
一応キャスとハイネに警戒するように伝えたが、本当にそんなことにはさせない。彼女たちの心配を杞憂にするために、俺は戦う。
こんな状況だというのに、俺には人の領域ではあるものの一種の全能感を覚えていた。自分の力が普段の数倍出ているような、そんな感じだ。
いや、事実俺の出力は上がっている。発動している身体補強の強度と走る速度が噛み合わない。火事場の馬鹿力というやつだろうか。
一度遠くから館を見てみると、ちょうど頭首が出てきたところだった。路地を通って特務分室に行くつもりだろう。そうはさせない。
ここで何発使っても構わない。中折れ式の銃を取り出し発砲する。避けられてしまったが、俺の存在を知らせることはできた。ここで殺してやる。
乗っていた建物から飛び降り、頭首を追いかける。弾丸を撃ち込んだ場所から動かず、彼は俺のことを待っていた。
「喰らいつくね、君も。まあそうしなければならないんだけどさ」
「昨日の俺と同じと思うなよ」
「僕だって昨日とは違うよ。何しろ精鋭の部下たちがいる」
頭首がわざと館から離れずに残っていたのはこのせいか。ぞろぞろと出てきた部下は全部で10人。ただの雑兵であれば突破は容易いが、頭首の言葉を信じるならかなりの手練れのはずだ。相手が魔術師とはいえさすがに俺が不利か。
俺の能力を知っているのか、全員が剣を持っている。単純な剣術勝負でならそう簡単に負けたりしないが、これはさすがに人数差が大きい。
左手の拳銃をリボルバー式のものに持ち替え、とりあえず正面の敵に突っ込む。前に跳びながら繰り出した突きで、とりあえず遠くに吹き飛ばす。
今の手応え、服だけでなく身体そのものにも物理保護の魔術がかけられている。胸を一突きして殺すつもりだったが、吹き飛ぶだけで済んだのはこのせいだろう。
だからといっていちいち触れてから殺すわけにもいかない。そんなことをしていれば周りから攻撃されてしまう。
突きが刺さらなかったことで受けた跳躍の反動を利用し、反転しながら大振りで後ろに迫っていた敵を薙ぐ。
3人ほど当たったが、彼らも同じく吹き飛ぶのみ。かなり力を込めたのにまだダメか。これは全員にこの処理が施されていると考えた方がいい。
そこそこ強力な物理保護が二重。いや、あの雰囲気はそれ以上だった。着ている服全てに付呪しているのだろう。破るのは相当面倒だ。
しかし、俺は微かに可能性を感じていた。これは思い込みではなく、実感としてわかる。俺の身体補強の効果がだんだん上がっているのだ。
昨日より今日、頭首を追っていた時より今。悟られないように出力をかなり抑えめにしているが、普段の強度で発動すればヴィアージュ相手に力押しできそうなくらいには力が出る気がする。
こうして出力が変化しているからには、何か理由があるはずだ。昨日の今日と変わったことと言えば、何があっただろうか。
大きいものだと、この世界が現在特異点化しているということ。正史とも虚説とも定義できない状態で、正史では許されないルール違反がまかり通る世界。
これは絶対に要因の一つだ。だが、ルール違反はできても身体補強にルール違反が出来る素質がなければそれ自体ができない。正史の俺ではできない出力の上げ方。
それはおそらく、俺に埋め込まれたという【破幻の剣】によってもたらされる【リベレーター】の逸話の再現。11対1というこの状況は、彼が一人で多くの敵を殲滅した話と形式が一致する。
神話顕現と呼ばれる逸話の再現には、二つの種類があるという。【天衝く白雷の槍】のような技を出すものと、仮定だが俺の出力上昇のように同じ状況で効果を発揮するもの。
前者の場合聖遺物に適合していればあとは魔力を都合すれば発動できるが、後者のものはそれと同じか、似たような状況にならなければ発動しない。
要は見立てだ。相手が11人では、【リベレーター】の為した一軍殲滅には及ばないが、多対一という構図は完成する。おそらく、人数が増えれば増えるほど、つまり再現度が上がるほどに効果は増していくのだろう。
だが、ヴィアージュは以前今の状態では俺に逸話の再現は不可能だと言っていた。だから常時の俺にこれはできない。
これは世界が特異点化している今だからこそできる、期間限定のルール違反だ。
身体が耐えられるギリギリまで出力を上げる。はっきり言って自分自身がついて行けるかわからない速度だ。
「死ねッ!」
敵の一人が身体に魔力を纏わせて斬りかかってくる。ここにも剣を使いこなせる人間がいたとは。だが、強化された反射神経と身体能力をもってすればそれすらも躱すことができた。
少し動いただけでもかなり負荷があり、修復を含めても長時間は保たなそうだが、これならまだ反撃のチャンスがある。
短期決戦。一瞬で決めてやる。
次回、108:大軍破砕の功 お楽しみに!




