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9:初任務:追跡

「キャス、ジェイムについての情報、何かないか?」


 夕食のあと、すぐに切り出す。


 ジェイム。俺たち殺し屋の間ではかなり名の知れた男だ。若い頃は傭兵として名を馳せ、現在も暗殺を生業に生き続ける男。


 どんな殺し屋でも気を付ける「名が知れる」という行為を恐れない、異常な男。なにせ彼は。


「ジェイムねぇ。あいつはあたしら仲介人を使わないからなぁ。最近の動向なんかはさっぱりだよ」


 そう、依頼人と直接取引する。手数料や情報漏洩のリスクはないが、腕も弁も立つ殺し屋でないと飼い殺されて終わりだ。


 彼とは昔やり合ったことがある。俺の標的の護衛をしているジェイムを相手に戦ったが、あれは地獄だった。彼の持つギザギザのナイフは神経も肉もズタズタに引き裂いてくる。


 少し掻かれただけでも地獄の苦しみだ。どれくらい苦しかったかといえば、その痛みを忘れるために今日あのとき、リリィの話を聞く瞬間まで記憶の奥底に押し込めていたくらいだ。


「そんな凄腕かは知らないけれど、カイルが目をつけてた武装組織に老人が出入りしているとか言ってなかったっけ?」


「そうっすね、年齢、杖、行商人らしき姿、全部一応一致するっす」


 それがジェイムかどうかはわからない。が、それだけの情報があるのなら行ってみる価値はあるだろう。明日一日カイルを借りる約束をアーツに取り付けると、事前の打ち合わせと買い物を済ませる。




 そして、翌日。示し合わせた通りに建物の入り口まで辿り着く。


「じゃ、行こっか」


 耳に手を当てたリリィが言う。今回リリィを連れてきた理由は、この案件を一緒に預かっているから、というだけではない。俺にはできない大きな役割を担ってもらう必要がある。


 彼女が装着しているのは宝石のついた耳飾り、ではない。通話宝石、声を相互にやり取りすることができる宝石だ。


 事前に術式の調整は済んでいるため魔力を通すだけで使えるが、その「魔力を通すこと」が俺には難しい。事前に建物の調査を済ませているカイルから遠隔で情報を受け取るためには彼女が必要不可欠だ。


「で、ここの階段を上がって三番目のドアが使われる部屋みたい」


 廃墟かのように静かな屋敷を進む。というより、廃墟同然の屋敷だ。足跡で埃が払われてしまっていることを除けば、数年使われていないことは確かだろう。


 おそらくは持ち主のいなくなった屋敷を勝手に占拠して使っているのだろう。カイルによれば広間を本拠地として一部屋だけ使っているというが。


「俺が先行する。すぐに死んだりはしないから、様子を見ながら援護してくれ」


 不安なことといえば、部屋の中から全く音がしないことくらい。外に情報が漏れないよう遮断系の魔術を使っている、というような話だろうが、それでも中の様子が伺えないというのはなかなか怖いものだ。


 大きく息を吸い込んで、扉を蹴り開ける。左手の銃を構えながら、右手を刀の柄にかける。部屋の中の魔術師たちは、俺たちの来訪にあまり驚いていないようだった。


「本当にあの用心棒の言う通りになるとは。老人も見くびれんな」


 老人、用心棒、そして、俺たちの襲撃を知っていたような様子。どこかで嗅ぎつけられていたか。まだジェイムが本当に彼らと関係があるとは断言できないが、しかし疑いが深まったのは確かだ。


「奴は魔術が使えない。やるぞ」


 部屋にいる全員の意識が殺意となって俺に突き刺さるのを感じる。普段ならこんな攻撃いくらでも受け流すのだが、今は室長様から指示を受けている。魔術消去を使わずに戦わないといけない。


 ばらばらと飛んでくる魔術を回避すると、手近な敵の頭を銃で撃ち抜く。勝つだけならできるだろうが、魔術を避けながらこの数を相手にするのはなかなか骨が折れる。


「レイ、こっちきて」


 扉の方からリリィの声。何か考えがあるのだろう。ここにいるのは俺だけではない。昨日反省したのだ、今日こそ彼女を信じてみよう。


 止まない魔術を避けながら、スライディングで部屋の外を出る。彼女は何をするつもりなのか。


「飛んで」


 両手を前に構えるリリィ。そして、衝撃。


 空気を弾き、掻き鳴らすような破裂音とともに、部屋の中の魔術師と机上の資料を吹き飛ばす。部屋の窓が全て割れた音が、一瞬遅れて耳に届く。なんて制圧力だ。


「これがお前の魔法か。すげぇな」


「ううん、今のは魔力を解放しただけ」


 放つ魔力が尋常ではないことはひしひしと感じていたが、ただ解放するだけでここまでの力を発揮するとは。


 とはいえ、敵全員がいい具合に気を失っている。ちょうどよかった。手近な一人を叩き起こすと、襟を掴んで銃を向ける。


「お前らが雇った用心棒の名前、それからお前らの目的を言え」


「や、奴の名前は確かジェイム……で、俺たちは、そこの制圧をしたくて……」


 男の指さす方を見ると、机に貼り付けられた地図がある。赤丸の地点に何があったかはよくわからないが、何かしら、重要な施設であることは確かだろう。


「武器工場? みたい」


 リリィが足元に舞い降りてきた資料の一つを拾い上げて言う。この時代に武器ということは、俺が握っているような銃や刀ではなく、魔導具の類だろう。そこを制圧して戦力を追加しようということか。


 目的はわかった。が、気掛かりなのはここにあの男、ジェイムがいないことだ。用心棒ともあろう者が、なぜこの場所に、組織の本拠地にいないのか。


「ジェイムはどこに行った?」


「こ、工場の……制圧に……」


 男の言葉と同時に、外から爆発音が聞こえる。方角、そしてタイミングからいって間違いない。十中八九ジェイムだろう。


 俺たちに課されているのは殺人事件の犯人の特定だけではない。確保して初めて任務達成だ。だとすれば、チャンスは今この時だけ。


「今すぐ急行するぞ。完全に逃げた殺し屋には追いつけない」


 俺が言うのだから間違いない。殺し屋は尻尾を掴まれたらおしまいだ。凄腕の狙撃手のように、一度殺したら身を潜め、警戒の網を潜り抜ける。そうしないととても生きてはいけないから。


 控えているカイルに応援要請をして、俺は身体中の機能を強化する。屋根の上を直線に走ればそこまで時間はかからないはずだ。


「わたしは走って行くから、後から追いつくね」


 そうか、彼女は魔術で身体能力を向上させたり、そういうことはではないのだった。そのために一つ試そうとしていたのに。


「これ、使ってみろよ」


 リリィに黒い石を投げ渡す。その名も重力石。魔力を注げば注ぐほど周囲の重力を低減させる不思議な力を持った石。魔力が大量に必要なせいでちょっとした珍品程度の扱いしか受けていないが、彼女が使えばもしかしたら、と思ったのだ。


 結果は俺の期待した通り。少しの風でふわりと身体が浮き上がるくらいにリリィは軽くなっていた。この状態ならば、一緒に動くこともできるはずだ。


「よく掴まってろよ」


 服の背中のところを掴ませると、リリィが割った窓から飛び出す。ひらひらした服を着ているせいで少し風の抵抗は受けるが、さして問題ではない。一応リリィが振り落とされないよう気をつけながら、屋根の上を駆け抜ける。


「飛び込むからなッ!」


 炎上する建物の中に、勢い任せに突っ込む。野次馬には見られてしまっただろうか。一瞬の身体を焼かれるような感覚。しかしハーグの炎と比べればどうということはない。俺の服にもリリィの服にも引火はしていないようだ。


 意外なことに、向上内部はあまり燃えていなかった。おそらくは突入を防ぐために周囲に炎の魔術を撒き散らしているのだろう。


 そして、爆心地。派手に床が焦げているからここだろう。床に仕掛けてあった隠し階段を無理矢理にこじ開けたか。とにかく、ここを進むしかない。


 石造りの階段を下って行くと、炎魔術の熱も少しずつ引いて、外の喧騒も遠くなる。それと同時に聞こえてくるのは、何かを探るような、動かすような、ごそごそとした物音だ。


「止まれよ、ジェイム」


「もう来たのかい、腕を上げたかな」

異質な殺し屋「ジェイム」にレイたちはどう戦うのか。


次回、10:初任務:解決 お楽しみに!

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