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103:廻転破砕

「あれ、レイさんどうしたんすか?」


「ちょっとお前に頼みたいことがあってな。せっかく帰ってきてるのに悪い」


「いえいえ、お気になさらずっすよ」


 カイルの、というかこの店の者たちが暮らしているのは、この建物と二階で繋がった別の建物だった。


 カイルはここには住んでいないものの、こうしてよく泊まりで帰ってくることも多いから部屋は残っているのだとか。


「あ、マカロン! いただきま──」


「こら」


 マカロンを見つけるなり手を伸ばすカイルの頭を、おばばがべしっと叩く。手ではなく頭に攻撃が行くあたり、かなり苛烈だと思う。


 叩き落された虫のように勢いを失くしたカイルは、頭をさすりながらちょっと不服そうな顔をする。


「あ、僕部屋片づけなきゃいけないんで、レイさんはお風呂でもいかがっすか?」


 カイルはなにやら思い出したようにタオルや石鹸を持ってくると、駆け足で二階へと消えていく。アイリス曰く帰ってくる度に近所の娘から贈り物をもらうようで、部屋がいっぱいになっているらしい。


 船旅が長かったせいもあってしばらくまともに湯船に浸かっていない。カイルも少し時間がかかりそうだし風呂を借りるのも悪くないだろう。


 体を流して風呂に浸かる。一人用にしては広い湯船は手足をしっかり伸ばせて気持ちがいい。首を縁にかけて身体を浮かす。


 水の浮遊感は風のそれとは違う。魔術的な浮遊とも。風や魔術のように無理矢理持ち上げられている感覚と、自分が軽くなっているような感覚、その違いか。


 身体の芯まで沁みる温かさが心地良い。殺し屋時代はそもそも風呂なんて入れなかったし、実はかなり贅沢なことなのだ。


 花の香りのする入浴剤まで入れてくれて、なんだか『春』のことを思い出す。あそこもこんな風に一帯が花の香りに包まれていた。


 風呂から上がるとかなりすっきりした気分になる。しばらく入れていなかったし余計だろう。かなりリラックスできた気がする。いい気分転換だ。


 身体を拭き、着替えてからアイリスに言ってカイルの部屋まで案内してもらう。カイルの片付けも大方済んだようで、すぐに部屋に入れてくれた。


 特務の方の寮とこちらの部屋ではかなり様子が違う。寮は生活中心、こちらはものを保管することが中心になっているからだろう。生活に必要そうなものはベッドと机くらいしかない。


「それでレイさん、どんなご用件なんすか?」


「ああ、これを信じろって言っても難しい話なんだがな……」


 俺は、カイルにクリスの魔術と彼との戦いについてを細かくカイルに説明した。時間が死と共に遡上する魔術、話してみるとその恐ろしさがはっきりとわかる。


「なるほど、それは大変っすね。世界全体の時間を巻き戻す魔術っすか……」


 魔術ははっきり言って万能に限りなく近い。世界の理が許すことならばなんだって為してみせる。だからこそ、魔術犯罪はその手口が無数にあり特定が難しい。もはやこれは一つの事件なのだ。


 俺が考えたクリスを打ち破る方法は、至って単純なものだった。クリスを魔術発動前に押さえ、巻き戻せないうちに殺してしまう。それが為せるのはきっとこの方法しかない。


「それで、勝てるんすかね」


「俺はこれしか思いつかない。協力してもらえるか?」


「いいっすよ、やってやりましょう!」


 カイルは快諾してくれた。今夜、俺はここで奴を打ち倒す。いや。正確には昼頃だ。俺の計画が上手くいくとすれば、今日の昼がクリスの死ぬ時刻だ。


 出発するまでの時間をアイリスやおばばと談笑しながら過ごし、午後6時少し前にラ・ベルナールを出る。


「そういえばカイルは、なんであの街の男どもとわざわざ喧嘩してまで張り合うんだ? おばばの名前を出せばすぐ引っ込みそうなもんだが」


 そう。俺が疑問に思ったのは初めて俺がカイルに会った時のこと。道で絡んできた男たちにカイルは素手で相対していた。


 アイリスがおばばの名を出して少し脅しをかけただけで彼らは退散したのだから、カイルもそうすればいいだろうに。妹分や姉貴分が心配しそうなものだが。


「僕も男っすからね、店背負ってる以上そんな真似はできないっすよ。あの子たちを守るのは僕の仕事っすから」


 カイルは誇らしげに言う。その目の輝きは、俺達を助けに来てくれたキャスリーンのそれによく似ていた。キャスリーンも誰かを守る戦いと言っていたか。これが、人のために戦う者の目か。


 こうして自分の為すことを誇れるカイルを少し羨みながらも歩いていると、空気に混じった違和感と殺気に気が付く。誰かが、俺達を見ている。


「セット、アクセル」


「この詠唱は──!」


 刀を抜こうとした手が空を掴み、見知ったナイフがカイルの胸に突き刺さる。なぜここにこいつが。


「カウンター、セット、アクセル」


 そのまま、防ぐことすらできずにカイルはナイフに滅多刺しにされる。俺も自分に刺さるナイフを弾くので精一杯だった。今の俺にカイルを守るほどの余裕はない。


蒼銀団(アビス・インディゴ)の頭首だな、なぜここにいる!」

次回、103:時の()を覗く者 お楽しみに!

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