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100:頭首の力

 まさか、見つかっていたとは。わざわざここまで俺を放置したということは、俺をここで消す自信があるということだろうか。何者かは分からないが只者ではない。


 さすがに政府に楯突こうという魔術組織だ。このあたりさすがに一筋縄ではいかないようだ。ここから抜け出すには、押し通るしかない。


 俺は驚きで動揺した心を落ち着け、刀を抜く。


「お前は何者だ?」


「この館の主ってとこかな。そこまで大層なものでもない」


 この館の主。遠回しに言っているが、つまりは『蒼銀団(アビス・インディゴ)』の頭首だろう。噂では時間魔術を使うというが。


 おそらく、この話が噂の領域を出ないのは、彼と対峙したものが誰一人無事に戻っていないからだろう。これはそういう存在だ。


 人殺しにもいろいろな種類がある。必要だから殺す者、殺したくて殺す者、見境なく殺す者。そして、こいつは最も性質が悪い、いや、俺の嫌いなタイプ。


 何かと理由を付けて、自分の前に立つ者すべてを皆殺しにする者だ。どんなに無茶苦茶な理論であれ、そこに一定の正しさを持たせて人を殺す。


 純然たる悪に、僅かばかりの善という汚濁を混ぜる。それによって生まれる濁った殺しの何と醜いことか。何かに死をもたらすことが悪だというのは、どれだけその行為が善行であろうと覆らない。


 例えば多くを守るために一を殺す。そんな行為であってもそれが悪であることに変わりはない。重要なのは、そう。自分の罪を理解してでもそれを為したということ。


 誰かを救うための英雄的殺人も、自分が英雄だという快感に溺れてするそれはただ殺人鬼の享楽に過ぎない。人が誰かを殺すなら、そいつは殺した者の上に立っている事を絶対に忘れてはならないのだ。


 いやもちろん、人間誰も殺さないのが一番だが。何かを食べることに関しては自然の摂理内だから置いておくとして、人殺しというのは避けて悪いことはない。


 殺伐とした世界の常識がこの身に染みついて、常世の、あるべき人の在り方を気付かないうちに逸脱しているのが分かって嫌になる。


 俺の中で今漏れ出てきたのは、目の前の男を批判する言であれ、殺人の考察だ。殺すことを前提にした怒り。ただ清純な、「誰かを殺してはいけない、悪いことをしてはいけない」という幼くも確信を突いた咎を言い渡せない。


 いまさら、しかもこんな相手に在るべき殺人者の姿など語る必要も見せる必要もない。俺もまた人を殺さずには生きていけない。精神的依存ではない、ただ殺人という行為が俺の歩む道にあまりに多く転がりすぎている。


 ならば、遠慮はしない。下手に気絶で済まそうだとか、そんなことは考えまい。俺を殺しにくる相手は全力で相手をする。


 じりじりと接近する。刀の位置を常に変えながら、死までの時間をカウントするように一歩一歩確かに進む。


「ロック」


 男がナイフを自身の周囲に投げる。あれは攻撃用の投擲ではない。空中に散らばったたくさんのナイフは男の声で停止する。見れば紫色に輝く円環で固定されている。物体を空中に固定する魔術だろうか。


「アクセル」


 再び男の言葉。何か魔術の詠唱かと身構えるが、次の瞬間には俺の身体を宙に浮いていたナイフすべてが突き刺さっていた。


 身体補強フィジカル・シフトの程度が低めになっていたとはいえ、全く見えなかった。ナイフが飛んできていると気付くよりも早く、痛みが俺に攻撃を告げていた。


 すぐに距離を取り、身体に刺さったナイフを抜いて傷を塞ぐ。脅しのつもりなのか全て致命傷をギリギリ避けている。それはまるで、『次は当てる』と残虐な笑みで予告するように。


 だがこれは取るべき行動でありながら取ってはいけない行動だった。10m程の距離、おそらく彼のような近距離向きの飛び道具を使う者が得意とする間合いだ。


 俺は身体補強フィジカル・シフトを大幅に引き上げ、男と対峙する。


「セット。アクセル」


 今度こそ見切れる。飛来するナイフにギリギリ腕が追いつく。なに、こんなに視界がはっきりしているのだ。氷の爆発の中氷柱を叩き壊して走るよりよっぽど楽だ。


 壁や天井を使いながら、少しずつ男に近づいていく。どこからナイフを出しているのかわからないが、弾丸を連射されているようなものだ。弾が大きいのが唯一の救いか。


「キリがねえな。いったいどこにそんな数のナイフを隠し持っていやがる」


「はは、いい着眼点だ。仕方ないから見せてあげよう」


 そう言って男は何かキラキラ光る粉を空中にばら撒く。この粉とナイフに何の関係があるのか。


「カウンター」


 たった一言で、空中に無数のナイフが現れる。さっきまでとは桁が違う。まるで粉の一粒一粒がナイフに変化したような、そういうレベルの量だ。


「セット。シリアルアクセル」


 詠唱の時点でその危険に気付けて良かった。これを鉄の雨と例えず何と呼ぶか。いや、むしろ雨ではまだ甘い。鉄の吹雪とでも言うべきか。異常なほどのナイフが空中から地面に突き刺さった。


 本当に間一髪だった。足先ギリギリまでナイフは突き刺さっている。いやむしろ、わざとギリギリに刺した。この男、俺を生かさず殺さず曲芸師のように躍らせることを楽しんでいる。


 本当に、嫌な男だ。この優雅なまでの残虐さは、俺が認めるそれとは少し違う。この男のものには、決定的に何かが欠けている。ただ惨いだけの血の色を、目の覚めるような鮮やかな紅に変えるほどの美を備えていない。


 とはいえ、わかったことは他にもあった。この男の魔術は時間系で間違いない。彼の詠唱は停止(セット)加速(アクセル)逆転(カウンター)。おそらく最後の逆転(カウンター)は、ナイフを一度破壊したものを元に戻す魔術なのだろう。


 俺は数歩下がり、大きく息を吐く。俺を弄び、油断している今が好機だろう。ここを逃せば次のチャンスはしばらく来ない。


 俺は目を閉じ閃光弾を投げると、地面に感圧起動術式を仕込んだ爆破符をばら撒いて逃走する。幸いドアまでは全力疾走すればそこまでかからない。抜け出すことは容易だろう。


 なにしろ、ここで全力で彼と戦ってもこれは正史にはならない。むしろ俺が死んでクリスの魔術を知る者がいなくなることが問題だ。


 裏口の扉を蹴破り外へ出る。自室に戻って資料を読み込めば、約束の時刻まで十分時間が潰せる。いいタイミングだ。


 俺は特務分室へ向かい、街を駆け抜けるのだった。

次回、100:帰郷 お楽しみに!

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