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99:【蒼銀団《アビス・インディゴ》】

 俺は王都西部にいる。ガーブルグ帝国の脅威のせいで廃れ気味の寂れた街だ。この街の気質はかなり俺の地元、つまり貧民街に近い。


 なにしろ王都西部は革命の際に特務と親衛隊が衝突したゴーストタウンがあるほどの過疎地だ。役人の数も少なく管理が行き届いているわけがない。


 確かにここならば監視の目もほとんどないに等しい。まあ組織の実態をあれだけ割り出されているのだから、警備自体はザルだということだろう。


 俺の目的は【蒼銀団(アビス・インディゴ)】の調査だ。久しぶりの一人の潜入だが、この状況なら最悪何をしても生きて戻れれば、というかクリスを殺せば世界は元通りだ。俺にも人の心はあるが、この状況を利用しないほど聖人でもない。


 もし俺が英雄と呼ばれる存在ならば、繰り返した正面戦闘の中でクリスの弱点を暴き、世界の秩序を取り戻したのだろうが、俺にはそんなことはできない。


 もちろん、これが不可逆であれば俺も躊躇っただろう。俺は獣か人ならギリギリ人寄りだ。獣はその本能で他を殺すが、人は理性でそれをする。俺の殺しはまだきちんと、理性の枠に収まっている。


 最悪の事態に備えて広域焼却に使える魔導具も用意してきた。これを避けられるのは魔力喰いの俺と防御に長けた数名くらいだろう。


 大きな館、それも貴族の住んでいたようなものになると絶対に裏手に使用人用の出入り口がある。『蒼銀団(アビス・インディゴ)』が使用している館もそれだ。しっかり裏口がある。


 木を隠すには森というように、館の周りには見張りも結界もない。他の地区ならば用心棒の一人や二人いても不自然ではないが、ここでそれをやれば目立って仕方がない。


 足音から裏口のすぐ近くに人がいないことを確認し、静かに中に入る。袖に仕込んだナイフと懐の銃はすぐに使えるようにはしていたが、とりあえずは何もなさそうだ。


 一応過去ここが建てられた時の設計図をどこかから引っ張ってきていたようで、見取り図のようなものは手許にある。だが改装されている可能性も否定できないし、信用しすぎるのもいけないだろう。


 今回俺が知りたいのはクリスの情報。この組織が何故彼を欲したか、その根拠がここにあるのではないかと思ったのだ。


 一応書斎のあった場所はこのフロア、一階だ。書斎にあるとは限らないが本棚がたくさんあるはずだから書類を置くには丁度いい。


 肌の表面がピリピリするような緊張感が走る。魔術的支援ゼロ、以前のような三歩先の角を曲がった瞬間死が訪れるかもしれない状況が俺を冷やしていく。


 呼吸も鼓動も最小限に、足音を立てるなんてもっての外。常に一秒先に一人殺せる手段を5つは用意する。こうでもしないと死はあまりに簡単にやってくる。


 一階は人の出入りが少ないのか、誰にも会わずに書斎に辿り着くことができた。壁一面の本棚に、ぎっしり書物が詰まっている。試しにいくつか手に取ってみるが、おそらくこの全てが『蒼銀団(アビス・インディゴ)』に関わるものだ。


 片っ端から本を漁り、誘拐や勧誘といった新規に加入するメンバーについての資料がないかを調べた。それと同時に読み終えたものを扉の前に重ねて簡単には開かないようにする。


 レンガのようにたくさん積み上げればとりあえず一回目に開けようとした自然な動作だけは少なくとも防ぐことが出来る。魔術なんかで吹き飛ばされてしまえば為す術はないが、そうしたら爆破の符を壁に貼り付けて壁を貫いて出るしかない。


 なんなら新しい愛刀の錆にしてやるのも悪くない。そこそこ厚い壁だが斬れないことはないだろう。


 しばらくして、やっとそれらしき本を見つける。各地に散ったメンバーが有用そうな魔術師、その卵について残したレポートだ。


 内容は実に程度の高いものだった。こういう組織だから、腕は立つともレポートなどは杜撰なものだろうと予想していたが、そんなことはなかった。俺達の中でこんなにまともなレポートを書くのはカイルくらいしかいない。まあ、見たことがないだけでハイネもきっと丁寧に書きそうだが。


 ページをめくっているうち、西部の農村の少年についての記述を発見する。時間系負方向の魔力特性、クリスだ。利点の部分に頭首の魔術の補助というものが挙げられている。


 キャスの話では頭首の魔術が時間系だという話があったか。噂話に過ぎないが、クリスの魔術で補助をするという点がどうにも噂話に現実味を持たせる。


 もし頭首が正方向の時間魔術を使うとしたら、その補助に役に立つのは負だ。威力や方向の調整が楽になるし、零を生み出すこともできる。


 クリスの情報の他、『蒼銀団(アビス・インディゴ)』についての重要そうなページを破ってポケットに仕舞う。いずれ戦うかもしれない相手だ。いろいろ知っておいて損はない。


 ランプの火を消し、積んでおいた本を片付ける。ちょっとした労働だったが、本棚の三分の一くらいで済んでよかった。


 あとはもう帰るだけだと周囲に足音がないのを確認して書斎の扉を開ける。だが、広い廊下には一人の人が立っていた。


「お目当ての本は見つかったかな?」


 体格的に男だろう。黒いフードにマントで姿を隠しているが、どうにも俺にはこの男とどこかで会った気がしてならない。忍び込んでいた者を見つけたのだから当然だが、その声には少し怒気が混じっていた。


 しかし、なんだろうこの違和感は。怒気を感じるが生気がない。まるで魔術で声を変えているような、そんな不自然な感じがする。


 右手をいつでも刀が抜けるように構え、左袖のナイフを少しだけ外へ押しだす。袖から直接投げた一撃でも注意力は散らせる。


 黒の男は不気味に笑う。いや、正確には笑ったかどうかは隠れてしまって見えないのだが、雰囲気だけでそれが分かった。


「さて、お代を頂こうか。君の命一つでいいよ」

次回、99:頭首の力 お楽しみに!

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