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98:死の約束

 夜。完全に暗くなる寸前の空を睨む。キャスの作った夕飯は食べずに道を歩いている。あまり腹を満たして、戦闘中に痛くなったら洒落にならない。


 一応俺が記憶を得た時点でクリスが勝利する可能性は一段と落ち込んだ。今までは戦った回数の差で有利を取っていたが、こうなってしまってはその差は埋まらない。


 とはいえ俺も気を抜けば負ける相手だ。最初に戦った時は王城に行くのもあってかなり軽装だったが、今回はきちんと戦闘用に小道具も持ってきている。


 どうせこれはお互い嬉しくもなんともない、ただ今日という一日を清算するためだけの戦いなのだ。苦しみはそこに必要ない。


 懐中時計を確認する。約束の時間より少し早く着いてしまいそうだ。せっかく久しぶりの王都なのだ、少し遠回りするのも悪くない。実を言うと夕飯ほどのボリュームはいらないものの、少しお腹が空いてしまったのだ。


 以前リリィと行った肉まんじゅう屋に立ち寄り、売れ残っていた二つを買う。閉店間際だったからか一つ分の値段で売ってくれた。さすがに出来立てと比べたら劣るが、それでもやはりいい味だ。


 俺がその場で一つ食べ、もう一つは紙に包んでもらう。俺がリリィと来ていたのを覚えてくれていたようで、店番をしていた娘がニコニコ笑いながらリリィの話をしていた。


 どうやらリリィはあの後も何度かここを訪れ、肉まんじゅうを山盛り食べては帰っていくようで、常連や店の人にもかわいがられているらしい。


 売れ残りで申し訳ないけどとお茶までご馳走になり、娘との話を聞いてそこそこ時間を潰せたため、今から向かえばちょうどいい時刻になりそうだ。


 空に浮かぶ月は満月と呼ぶには少し足りない、どうにも不完全な形をしていた。今のこの状況では、この月が満ちることはない。明日には、綺麗な満月が見られるだろうに。


 月明かりの差し込む路地。いつもと違わぬ場所に彼は立っていた。俺を見るなり殺気立つクリスに、俺は紙に包まれた肉まんじゅうを差し出す。


「食えよ。冷めちゃいるが味は本物だ」


 肉まんじゅうを見るやいなや、殺気が一気に消えて食べ始める。貧しい農村の生まれで、一日を繰り返す生活だからロクに飯も食っていないのだろう。実際俺も時間の回転に巻き込まれてから食事らしい食事をしていない。


 俺より小さい子供が肉まんじゅうを黙って食べているものだから、こうすると無害に見えるが、これでも数十年俺と戦っている男なのだ。生きている年数だけで言えばクリスの方が長い。


 そう考えると彼は少しニクスロット王国の民に似ている気がする。見た目が年齢よりはるかに若い。


 こうなった経緯は全然違うが、こうして似たような人間を見ているとニクスロット王国の人たちは元気かなぁなんて思ってしまう。


 まだアイラ王国に帰還してすぐ、実はニクスロット王国を発ってからたいした時間は経っていないのだが、俺の中では余計に数日過ごしているからニクスロット王国でのことが少し遠くに感じる。


 クレメンタインはその後国をまとめられているだろうか。決断力に優れ、事象を正確に見つめられる彼女なら、きっと大丈夫だろう。


 キャスリーンやシャーロットは、きっと元気にやっているはずだ。リーンは戦いの後シャーロットと同じ立場に迎えられ、クレメンタインのそばで働くことになった。


 これから忙しいだろうし、シャーロットは特に執務には役に立たなそうだからリーンがきっとクレメンタインのことを支えてくれるだろう。


 クリスは肉まんじゅうを食べ終えると、紙を丸めてポケットに突っ込み剣を抜く。ここからは情け容赦なし。ただの殺し合いだ。


 俺も刀を抜く。


 一秒後、急接近した俺達は互いの武器を打ち合わせる。細長い路地に火花が散り金属音が響く。


 前回戦った記憶があるから、クリスの経験はかなりの部分が無駄になった。それでも長い時の中で磨かれた戦闘センスは、月光を跳ね返す剣のようにきらりと輝く。


 何十年もの間、毎日俺と戦い続けたのだ。さすがにそこから来る勘などは俺以上だ。


「そのための虎の子だからなッ」


 これからも戦うのだからあまり多く手札を見せるのも良くない。今夜はこの一撃で終いにしよう。


 刀を振り上げ俺とクリスの獲物をはるか上空に跳ね飛ばすと、俺は懐の銃を抜く。


 銃身を切り詰めギリギリ収まるサイズにした散弾銃。この距離ならば命はない。頭を狙い引き金を引く。銃声が三度目の今日の終わりを告げた。

次回、98:『蒼銀団(アビス・インディゴ)』 お楽しみに!

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