青い城主
ちょっとした事から戦争が起きた。
それは特別珍しい事でもないし、極ありふれた日常。
だけどそれは、どこかの城主とどこかの城主が起こす戦争で、同盟を含めた大きな戦争となっても、それもどこかの同盟とどこかの同盟の戦争だった。
まさか、あんな事で戦争になるなんて思わなかった。
まさか、相手が仕掛けてきた事なのに全責任がコチラにあるように言われるなんて、全く想像すらつかなかったんだ。
事は1年ほど前。
昔から交流のあった城主の息子、フェリックスが新しく領土を任された所から始まった。
まだ城と、数件の民家と作業場があるだけの殺風景な領土内。俺は司令官として手伝いに行っていた。
夜になると何処からともなく現れるスパイ工作員を何度撃退した事だろう……。
城主になると彼方此方から狙われる事を学んだ俺は、今となっては辺境地で城主をしている。回りには他の城らしい城は見えないし、1番近所の城だって馬を走らせても何時間もかかる距離だ。ちょっとスパイ工作をしに。で来られる距離ではない。
話を戻そう。
賊からの攻撃や賊の討伐の指揮、領土内建設の指揮だけではなく、資源の事やら金の事やらを全て1人でこなそうとするフェリックスは見る見るうちに草臥れていき、そこへスパイ工作が来た。それも、破壊工作の方が……それにより折角建てた衛兵所が全焼。消火活動をしていた数名が酷い火傷を追うなど、大変な惨事となった。
その事件を知った親父が急遽俺を呼び戻し、領土を与えると言うものだから、俺はフェリックス城に1番近い空城を選んだ。
いつでも、スグに駆けつけられるように。
しかし城主となってしまえば、そんな簡単に事は運ばなくなる。
スパイがフェリックス領に向かうのが見えても討伐にすら出られないし、火の手が上がっているのが見えても、消火作業を手伝いに行く事も出来ない。
出来る事はせいぜい建て直す為の木材や石材を輸送してやる事位。
なんだよ。
城主になって、近くにいれば2人でより強くなれるんじゃないかって、そう思ってたのにさ。
どの同盟にも属していない俺と、同盟に所属しているフェリックス。それだけの理由で、手も足も出せないなんて可笑しいだろ?
だから、少しだけ考え方を変えたんだ……。
何度も何度も破壊工作をされてフェリックスは疲れきり、攻撃を受けているにも拘らず自分から“仲良くしよう”との内容の文書を送っていた。それなのに敵は返事を寄越さない上、復旧作業が終わった頃合を見計らって再び破壊工作をしてきたのだ。
こちらには報復攻撃に打って出られるだけの理由があった。
「いるだけ全てのスパイを敵の領土に向かわせろ。全ての建物を燃やして来い!」
敵の領土は復旧すら間に合わないほどの勢いで炎に包まれ廃墟も同然となり、俺の破壊工作は上手く行ったかのように見えた。
ただ1人のスパイが捕らえられなければ……。
開放されたスパイは1枚の文書を持って戻ってきた。
そこには乱雑な文字で「よくもうちの同盟員に攻撃したな。俺が同盟の顔だよ。頭だ。体の一部攻撃されたんだから、しばらく狙う」と。
その言葉通り、その日から俺の領土への攻撃が始まった。
破壊工作ではなく、本当の攻撃だ。
しかし俺が破壊工作をしたのは、フェリックス領を何度も何度も攻撃に来ていた奴であって、この同盟リーダーではない。それなのにリーダーからの攻撃は1日に10回も来るほどに激しい。
こちらの防御兵もとっくに全滅し、後は領土内が破壊されて行くのを見る事しか出来ない……訳あるか!
俺はリーダーに向け「執拗に整備も整っていないフェリックス領に破壊工作をし続けているのはそちらの同盟員だ。こちらの破壊工作は正当な報復攻撃だ」と文書を送った。
返事が来ないまま再びリーダーからの攻撃があり、その翌日、次官から文書が届いた。その文書は、お返事遅くなり申し訳ありません。との書き出しから始まり「攻撃されてる本人からのクレームならまだしも、そのお友達がクレーム付けるのは筋違いです。もう一度よく考えて抗議やクレームするべきです」と続いた。
おいおい、同盟に所属してる者勝ちなのか?
あんたん所のリーダーがやってんのと、俺がやった事、どっちも守りたい者の為の攻撃に違いないだろうがよ!それをなんだ?同じ同盟に入ってないってだけで“お友達のクレーム”になんのかよ。逆に、同じ同盟だからって理由で関係ないリーダーがしゃしゃり出てきて攻撃しても良いってのかよ!
頭にきて反撃に打って出ようと準備を始めた頃、今度はフェリックスからの文書が届いた。その内容は、俺が攻撃の標的になってから破壊工作が来なくなった事と、自同盟のリーダーに相談をした事。そして自分から敵リーダーへ説明するとの申し出。
スグにペンをとり、何もしなくて良いと返事を書いた。
フェリックスが所属しているのは名の知れた大きな同盟だ。そのリーダーに相談をしたと言うのだから、敵リーダーも“お友達のクレーム”とは思わずに真剣に話し合いにも応じるのだろう。
結局俺はなーんにも出来ないただのお友達だったって訳だ。
その翌日から攻撃も、破壊工作もピタリと収まり、俺の領土には焼け野原と崩れかけの城。それと1人の司令官が残った。
建て直すにしても資材は何もないし、人を集めようにも金も、食料もない。
危うく同盟同士の大きな戦争を起こしかけた俺を親父は早い段階から見限っており、いくらかの手切れ金と共に領土を追い出される事が決まっていた。
「こんな俺に付き合う事なんかない。お前は親父の所に戻れ」
1人残っていた司令官に声をかけると、黙ったまま1度だけ礼をしてそのまま去って行く。
特に、励ましの言葉とは期待していなかったが……無言とは。
こうして全てを失った俺の所にフェリックスと、フェリックスが所属している同盟のリーダーからの文書が届いた。
余りにも絶望していたせいなのか、その内容を詳しくは覚えてはいないが「ケジメの為に同盟員全員で貴殿へ攻撃する」とかなんとか。
なんのケジメだよ。
なんで攻撃対象が俺だ?
元々破壊工作してきた奴へのお咎めは?
色々頭の中を言葉が渦巻いたのだと思うし、腸は煮えくり返っていたのだと思う。それでも返事を出したんだ。
「勝手にしろよ」
俺には何も残っていないのだから、今更何度攻撃が来た所で奪われるものなんか俺の命くらいしかない。
何も残らず、絶縁され、力も才も人脈も、友達すら持っていない俺は今にも崩れそうな城の中で武器も持たずに待機した。
俺の領土内は既に野原。
攻撃に来た奴は必ず、辛うじて形が残っている城を攻撃対象とするだろう。そこにいるのが城主たった1人。っか。
無様すぎて笑える。
「開門!」
とか叫びながら、自分でヨイショと門前に白旗を掲げ、そのまま領土を捨てて逃亡した。
その後どうなったかなんて知らないし、知ろうとも思わない。
ただ俺は誰もいないような場所に行って、賊にでもなろうかと思い北へ、北へと向かったんだ。
そうして辿り付いたのは打ち捨てられた廃墟の前。
元々塔だったのか、城だったのかさえ判断できない瓦礫の前。
何故だろうな、ここしかないって思ったんだ。
その後は簡単なキャンプを3つ建てて、3人の兵士を雇って夫々石工、木こり、農夫として働いてもらった。
ある程度の資源が確保できた後は更に兵士を大工として雇い入れ、城を建て、衛兵所、指令所を建て、酒場を建てた。すると何処からともなく難民がやってくるようになり、片っ端から受け入れて民家を建て、僅かではあるが税収入も得られるようになり、最近になってようやく生活は安定し始めた。
今日もどこかで戦争が起きているのだろう。
それは特別珍しい事でもないし、極々ありふれた日常。
だけどそれは、どこかの城主とどこかの城主が起こす戦争で、同盟を含めた大きな戦争となっても、それもどこかの同盟とどこかの同盟の戦争だ。