八
「そうだ。あいつが――」
「殺せ」
ジャックが言いかけた瞬間、同じ人物だとは思えない程の年を取った男のしわがれた声でありながら、巨大な魔獣の咆哮を想像させる叫び声が上がった。
皆はまたも彼女を凝視した。彼、魔道士のゴダイ以外は。
その時、ゴダイは誰よりも早く口を動かした。
途端、ゴダイの体がすう、と上昇し、 後退した。
そして、どっ、と言う黙って立っていられない程の衝撃がジャックの足元に走ると、一気にその壇上の下から突き上げるように爆発が起こった。
間欠泉から噴出するように天井まで勢い良く上がるのは、大小のある石、土、埃だった。
ジャックは、ゴダイの攻撃を避けることはできなかった。
理由は呪文をかける対象がジャックと言う人でなく、壇上自体が対象に選ばれていたからだった。
後の爆風と落下物に、野次馬共は逃げるものは逃げ、動けぬものは身を屈んで必死に頭を守った。
今日、二度目となる爆発は壇上をぐるりと一周残して跡形もなくなる程強力なものだった。
ジャックは着ていた全身鎧のおかげで、命には別状はないものの、今再び立ち上がってどうこうできるほど傷は浅くはなかった。
白ローブの女、スノウは風の魔法を唱え終えていて、彼女の周りを人一人分の障壁を作り出し、爆風と落下物を防いだ。
彼女の顔はゴダイの店に来たときのように年端の行かぬ少女の名残を残してなどいなかった。
だからと言って壮年の女でも、ましてや男でもなかった。
フードを被っていたから、誰の目にもわからなかったが、それは人の形をしていただけの生き物に過ぎなかった。
ゴダイは、阿鼻叫喚のギルド内から飛翔の魔法で二階の窓から逃げた。
空は快晴であった。
見下ろせば、人々が行き交い、馬車が荷台を引いてぱかぱかすれ違ったりしていた。
ゴダイはギルドの訓練場の決闘が嘘のように思えた。
店に戻ると、ゴダイが胸を押さえてひょこひょこ歩く姿がシアの目に飛び込んできたものだから、彼女は真っ青な顔して彼に飛びついた。
「怪我を」
そう言ってシアは足をわななかしてバランスを崩した。
彼女は自分でも体から血の気が引いていったのがわかった。
ゴダイはそれを抱きとめたまま座らせて、ささやく。
「まったく、安心しろ。これくらい大した怪我じゃない」
ゴダイの怪我は自身の治癒の魔法をかけ、落ち着いた頃ベッドに体を預けた。
その間、シアは付ききりで看病をした。ゴダイは日も沈まぬ頃に寝息をたて始めたが、シアは日が昇り始める頃まで起きていた。
ゴダイはベッドの隅に突っ伏して寝ているシアの顔を眺めながら、初めて声をかけた時のことを思い出していた。
一晩で全快したゴダイはシアを二階で寝かせておいて、彼女の代わりに店番をしていた。 また指輪でも作ろうと思ったが鉄のヤスリがギィギィうるさかろうとやめた。
短剣はまだ八本もあるし、どこに行こうにも店を空ける訳にもいかなかった。
最後に思いついたのが英雄譚が描かれた小説の現代口語文にする写本の作業だった。
昼になって、ゴダイは、そろそろよかろうとシアを起こしてパンを二人で食べた。
シアに菓子を買ってやるのを忘れていたから、日が沈む前に、シアも連れて行けば喜ぶだろうと考えた。
「すみません」
戸口に立ったのは、家具屋のものだった。
「どうせなら、提げちまいましょうか」
「良し、じゃあ、軒下に提げてくれ」
家具屋は大工道具でどんどんと叩いて、魔道具屋の看板を提げた。
ゴダイは家具屋の男に金貨十枚払い、余分に銀貨を一枚渡した。男は困って、
「これは」
と聞くとゴダイは、
「チップだろう」
と答えた。
男は、嬉しがって帰っていった。
夕方には店を閉めて、ゴダイはシアに菓子を買い与え、それから酒場で夕食をとった。
若い給仕に声をかけられなくてきょろきょろ見回していたゴダイを見て、
「私が給仕を呼びましょう」
とシアは手を上げて、注文を取った。
ゴダイは一杯引っかけて、シアは揚げたポテトをたくさん食べた。
ゴダイはその食べている様子を見ると、ほんの少しだけふっくらしてきたように感じた。
帰り道、ゴダイは白ローブの女があのジャックなる馬鹿野郎にどういった精神的作用があったか疑問に思ったが、また会うだろう予感だけ胸に秘めて夜空を見上げようとすると、そこはもうゴダイの店の前だった。
店の軒先に提げられた看板は、広げられた本の上に大きな眼が彫られていた。色は見事な赤色だった。
今日は注文してから七日目の夜だった。
お疲れ様でした。
こちらの短編もよろしくおねがいします。
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