六
ゴダイが再び通ろうとすると男はまた行く手を阻んだ。
「ネタは上がっているのだぞ」
「ええい、しつこいやつめ」
ゴダイの眼前に立ちふさがった騎士風の男をジャックと言った。
渦中の二人以外のギルド利用者達も「何だ何だ」と沸き立つ町民や旅人達はあっと言う間にこの小競り合いという喜劇の観客と化した。
噂話や酒を呑むくらいの娯楽しかない彼らにとってそうなるのは至極自然なことだった。
「確かに短剣は一本金貨三百五十枚で売った。しかし、麻痺の魔法を付与してある。あれでぶっ叩けば二三秒は痺れるだろう。それにあれは正当な価格よりいくらか安くした。それでもまだ詐欺師と言うか」
ゴダイはそう喝破した。観衆はどより、としてジャックを見た。ジャックは「うっ」と言葉を詰まらせたが、
「し、しかしそれが本当のことだとしても、その格好はどう説明する。魔道士なのに剣士のような格好じゃないか」
「俺の格好なぞ、どうでも良いことだ」
「戦いになった時、相手が剣士と勘違いしたら相手が不利ではないか。卑怯だ」
「ばかめ、人となんぞ戦わん。そうなるとすれば極力戦わないことにしている」
「口だけは達者だ」
「どの口が言っている」
ゴダイは言ってて馬鹿らしくなった。
この男は何のためにこうも自分をを激しているのか分からなかった。
誰かの囁いた自分の噂に腹を立てて、その上曲がったことが大嫌いで、たかが人様の格好や物の売り方一つ一つにをこうも文句を垂れねばならぬ根性を疑った。
これではまるで分別つかぬ子供だとさえ思った。
周りの男共は二人をはやし立てた。
ゴダイはそれを無視したが、ジャックはそれができなかった。
ジャックの短絡的な発想と行動の結びつきは、すぐに物事を白黒付けたがる気性にあった。
「は。周りは俺の味方らしいぞ」
これにはゴダイは閉口せざるを得なかった。
瞬時にゴダイは何かを小声で呟いた。
それは誰にも聞こえない程小さいものだった。
ぼけっとそのゴダイを含む馬鹿共を見ていた若いギルド員の女だけがかすかに風を感じた。
途端、ゴダイのその身体は空中を駆けるように飛んで吹き抜けから二階へ抜け、大通りに面した幾つかの窓の一つから外へ出た。
周りのものは視線で追うことしかできなかった。
それからゴダイは建物の屋根をつたって大通りを抜け、駆けて行った。
「ご苦労様です。ギルドはどうでしたか」
帰宅したゴダイを労ったのはシアだった。
「税金は納めたが、喧嘩を売られた」
それを聞いてシアは驚いてカウンターの奥から、
「まさか、ゴダイ様に喧嘩を売るなんて」
と、立ち上がって言った。
「喧嘩っ早い気質なのは浜の男だからかもしれない」
ゴダイは先の男、ジャックをふと思い返した。
立派な全身鎧だったから、この町か、領地か、はたまた国の騎士団であれば厄介なことにならなければ良いが、と嘆息した。
「全身鎧のジャックと言う男を知っているか」
ゴダイはそうシアに聞いた。
「全身鎧のジャック。知りません」
ジャックと言う名は珍しい名前ではないが、一般的な名前と言うほど多く付けられるものでもなかった。
シアはこの町に長くいたが、思い当たる節はなかった。
「まぁ良い。放っておいても良かろう。それよりもう少し商品を増やそう。あの白ローブの言ったようにな」
ゴダイは「店番を頼む」とシアに言って店を出た。
シアはゴダイを戸口まで来て見送った。
店の裏の大通りまで歩いて来て、鉱石屋を訪ねようと、そこらで追いかけっこしている子供らに声をかけた。
「鉱石屋かインゴットを売っている店を知らないか」
男の子がゴダイを見上げて、
「それなら東の街道に出る手前にある」
と言って向こうを指さすから、ゴダイは三人の子供にそれぞれ銅貨を一枚やり、
「これで広場でもって揚げポテトでも食べれば良かろう」
と言って指さした方へ歩いて行った。
大通りの大きな四辻を東へ曲がってやや歩くと三叉路があった。また真っ直ぐ進むと鉱石屋が見えてきた。
鉱石屋の軒下に鉱石や延べ棒が彫られた看板が提がっていたからすぐ気が付いた。
ゴダイは自分の店にも看板が届けばこの店のように良い塩梅になるに違いないと思った。
店の中は暗くてカウンターや壁に角灯を置いたり提げたりしていなかった。
戸口から入る自然の明かりも店の奥までは差し込んでいなかった。
「鉄のインゴットが入用になった」
「ほう、何に使うんだい」
店主はまだ若い男だった。
色白で小柄で、その上痩せていた。
頑強な熊のような人を思い描いていたゴダイは面を食らった。
「装飾品を作る」
「鉄でか」
「鉄でだ」
店主は鉄で指輪なぞを作って誰が喜ぶのかと呆れていたが、客商売ゆえに何も言わず鉄のインゴットを奥から持ってきた。
店主は、
「一つ金貨二枚だ」
と言った。
勘定を終えたゴダイはさっそく店に戻って二階の机に向かって座り、呪文をか細く唱えた。
すると、鉄の延べ棒が赤くなって、次第に白くなっていった。
そして、神経を尖らせながら、ゆっくりと鉄のインゴットを指で摘むように掴むとシアの小指のような細さに切った。
また、冷えてきて赤くなったそれを輪にして両端をくっ付けた。
円になったその指輪の出来損ないが鉄本来の色に戻ったら、鉄ヤスリで形を整えた。
それから、青や緑、赤など染料から選んで色を付け、また別の呪文を二つ唱えた。
この呪文は錆び止めと、染料を定着させるものだった。
出来上がった少々歪な赤い指輪を摘んでしげしげと見て、多少難があるが良い出来だろうと自画自賛した。
仕上げに体力と腕力が上昇する魔法を付与して完成となった。
宵の口まで仕上げに付与する魔法を変え変え、三種の指輪を作り上げた。
一階に下りてゴダイは言った。
「俺はさすがに疲れた。閉店にして食事に行こう」
ゴダイは店番していたシアに赤い指輪を見せ、
「歪ではあるが体力と腕力が上昇する魔法がかかっている。はめるが良い」
と、言って差し出した。