五
ゴダイはうん、と唸って続けた。
「あまり安いと他の町の魔道具の店に何か文句を言われるかもしれない」
「その短剣も麻痺の魔法がかかっているのですか」
「そうだ。でも性能ならお前の腰に提げてある方がいい」
「貰ってばっかりで。何か恩返しができればいいんですが」
「そんなの、店の番をしてくれればいい」
シアはそうではなくてと言ったが、最後には尻すぼみになってしまった。
ゴダイは伝えたいことがあればちゃんと話すだろうとそのままにした。
「しかし、あの女も置いてあるものの種類の少なさには呆れていたな。そこは素直に受け取っておこう」
ゴダイは店を見渡してまたうん、と唸った。
「魔道具屋さんですから、やはり装飾具でしょうか」
「俺は、魔法の付与は得意だが鍛冶は不得意だ。見ろ」
ゴダイはその腕の腕輪やネックレスのシンプルで無骨なものをほら、とシアに見えるように腕を伸ばしたり、首元から出したりした。
シアはそれらを見て口には出さないが、確かにその通りだと思った。
「でも、魔法の付与はかかっているんですよね」
「もちろんだ」
ゴダイは腕輪や指輪、ネックレスのそれぞれが、体力や魔法出力、魔力容量の上昇系の魔法がかかっていることを楽しそうに説明した。
「しかし、結果見た目だろう。俺が作れば見た目が悪くなる。そんなものは誰も買わない」
一転、ゴダイはつまらなそうにして、誰にでも得手不得手というものはあるもんだと、まるで言い訳のようにつぶやいた。
と、その時ばん、という音と共に開け放たれた戸口には黒ローブのいかにも魔道士風の男が立っていた。
「先はこいつが失礼した」
男の言ったこいつとは彼の後ろに控えていたのは今しがた店の文句を垂れていった白ローブの若い女だった。
黒ローブの男――ケインは彼女をぐい、と前に突き出すようにして「ほら」と謝罪するよう促したが女はぷい、とわざとらしく明後日の方を向いた。
「私はこの子と組んで旅をしているが、どうも勇み肌というかなんというか。どこの店でも文句ばかり垂れて困っているんだ」
男がそう言って今度は彼女の頭を掴んでぐいぐいと頭を下げさせる。
それでも彼女は頑として頭を下げない。
「まぁ。こりゃあ、丁寧に」
ゴダイは愛想良くして頭をへこへこ下げたが、心底白ローブの女のことなぞどうでもよかった。
彼にとって文句の一つや二つ言われたところでカチンともこなかったのは、他人との係わり合いや繋がりに対して冷めていた部分が大きかった。
それよりこの白ローブと組んでいるというケインが彼女の非を謝るため――また、彼女に謝らせるため――にここに来たことの方が、筋が通って気持ちの良い男だとゴダイは思った。
「もし良ければ見ていってください」
そう言ったのはシアである。
それを聞いて白ローブの女は「下んない」と店を出た。
ケインは「いやはや」と苦しそうにかぶりを振っていたが、気を持ち直して「どれ、ではお言葉に甘えて」と商品を見ていった。
「どうだ。この短剣は麻痺の魔法がかかっている」
「ほう、麻痺」
ケインは麻痺と聞いて感心した。
短剣や鎚鉾などの小型の武器に麻痺の魔法が付与されることは接近戦や護身用としても非常に重宝された。
剣の扱いに長けない魔道士でも、短剣の一つくらい腰に提げていたほうが無難であった。
そしてケインの目には元々の短剣の質も悪くはないことが映っていた。
「うむ、なかなか良いものだな」
「だろう。だろう」
ゴダイはケインの言葉に喜んで、わかるものにはわかるもんだ。と満足した。
シアはどういった魔道具が良いものかわからないのでケインの言葉を聞き、その短剣が商品として成り立っていることに安堵した。
「金貨七八百枚はするだろう」
「いや、そうはしない。ここは帝都とは離れているからな三四百でいいだろう」
ケインは逡巡する間もなく「待っててくれ」と言い残すと、店を飛び出した。
ゴダイとシアは呆気に取られて視線を交わした。
「どうしたのでしょう」
「わからん」
ケインが店に戻ったのは日が暮れてそろそろ店じまいにしようとしていたところだった。
また、ばん、と開いた戸口には彼が息を切らし切らし立っていた。
ゴダイは彼を見て、あわてんぼうなやつめ、商品は逃げないし間違って全部売れてしまってもまた作ればよかろう、と思った。
「ここに金貨八百枚ある。どうか二本売ってはくれまいか」
「良いだろう。二本も買ってくれるなら七百枚に負けよう」
ケインは笑顔と共に「本当か」と言って、持っていた布袋を景気良くカウンターにがちゃりと置いた。
ゴダイはシアにお代の勘定を頼んで「ただ待つのも難儀だろう。座るがいい」と店に放ってあった椅子を持ってきてケインに座らせた。
「ここで茶の一つでも入れるのが礼儀かもしれないが、いかんせん準備も何もできてないのだ」
「ああ、それで」
ケインはこの店に看板が出ていない理由に合点がいった。
それからゴダイは「待つがいい」と言ってシアの手伝いを始めた。
全ての勘定が終わると、釣りの金貨百枚をケインに確認させた。
大通りのギルド支部で金貨二百枚もの税金の支払いを終えたゴダイは、見知らぬ男に声をかけられた。
男はゴダイより背が高く体つきも良い、全身鎧をまとった騎士風の男だった。
「最近、妙な魔道士がこのウルマに住み着いたという。何と金貨二枚の短剣を馬鹿に高くして売ったらしい。しかも何を考えているんだが自分の店まで構えていると言うのだ。まったく、愚かな詐欺師だとは思わないか。しかも、魔道士だというのにその格好は軽装の剣士のようだと聞く。お前さんは知らないか」
ゴダイはすぐ自分のことだと判然としたが「知らぬ」と言ってこの場所を後にしようとするとその男はゴダイを先へ行かせまいと通せんぼして言った。
「お前のことだろう。お前は自分の非を認め悔い改めなければならない」
「言ってろ。俺は帰る」