四
「ありがとうございます」
「今日はもう切り上げて湯に行って来い。上がったらその服を着ればいい。あと、これは給金だ」
ゴダイはシアに銀貨二枚を渡した。
「そんな、多すぎです」
場末の酒場で働く給仕の給金の相場は銀貨二三枚、それに加えてシアは子供であるから払うべき金はもっと少なくても良かった。
しかし、ゴダイは給仕の相場を最低限支払われるべき給金と考えたからこの金額とした。
「それでいいんだ。さ、早く湯に行ってさっぱりして来い」
シアはまだ給金に納得していなかったから何度か申し立てしても、ゴダイがそれ以上話をしようとしなかったのでありがたく頂戴することにした。
持っていた布袋に大事に入れ、しまった。
それから、シアは革帯に棍棒を提げ、着替えを持ち出かけた。
ゴダイはシアが湯に行った後「さて」と言って、二階に上がって机に向かって、先の短剣を所せましと並べていった。
彼が唱えた呪文は、武器に麻痺の効果を付与するものだった。
その呪文と彼の魔力によって短剣一本一本に新たな力が加わわっていった。
これを都会で売ったら一本金貨三百枚はするものだった。
仕入れ値が短剣一本金貨十枚だから、一見儲けすぎに見えるが、そうぽんぽん売れるものではない。
魔道具を売るとは薄利多売の真逆をいくものである。
次にゴダイがやったのは英雄譚が描かれた小説の現代口語文にする写本の作業だった。
彼が得意の魔法を使って超高速に書き写して金貨十枚で売ろうと策略した。
一冊、十二三万文字くらいの本なら装丁にもよるが金貨十枚ではおよそ買えない。
そもそもの識字率が二三割程度だから、本自体そう売れない。
魔道具ほど高価ではないにしろ町民の平均的な所得の人間が気軽に手に取るものではなかった。
ゴダイがすいすいと作業をしていると、湯からシアが武器屋の娘のお下がりを着て帰ってきた。
「では食事としよう」
ゴダイがシアの手を引いてやってきたのは昨日の酒場だった。
今日はカウンターではなく、丸テーブルに着いて「おい」と給仕の女を呼んだ。
「できるものを二人前だ」
女がそれを聞いて何それと何それが出来て、お飲み物はどうこうと詳しく言うと、
「パン、ポテトの揚げ物、タコと何か魚。水」
と早口で言った。
シアがゴダイの腹に何かあったのかと心配して、どうかしたのですかと聞くと、
「なんでもない」
とケロリとして言った。
給仕によって運ばれてきた料理――そのこんがりとして香ばしい匂い立ったパン、さらりと揚げられたポテトフライ、つややかで、光沢あるタコの刺身、魚から上品な油が汁ににじみ出たカレイの煮付けがシアの眼にはとてもまぶしく見えた。
「何をぼう、としてる」
ゴダイがそう言って、食べ始めた。
「なぜ、こんな私のために良くしてくれるんですか」
ゴダイは彼女の言葉に一瞬手を止めたが、また食べ始めながら言った。
「なんでもよかろう」
それからすぐシアも食べ始めた。
これがまさに頬が落ちそうな程うまいということだろうとまなじりを光らせながら食べた。
その様子に気付いたゴダイは黙っていた。
やがて食べ終わる間際となってゴダイが言った。
「髪が長いのは苦であろう。切ってみてはどうだ」
ゴダイからしたら、彼女のそれはただただ伸びきった髪を結いもしないで放っているようにしか見えなかった。
シアはそれを結ったりしてぐい、とまとめる余裕は精神的にも活力的にもほんの少しもなかった。
「明日一番に切って来い。長い髪が好いなら結い方を教えてもらえばいい」
「貰った銀貨がありますから、切って参ります」
シアはその髪をそのままにしておこうとはまったく思わなかった。
それに、先の湯で、これほど洗いにくいことがあるかと四苦八苦していた。
散髪なら銀貨一枚もあればことたりる。
今の彼女には十分に支払える額だった。
そうして三日もすると店の掃除も終わって、商品も並び終えた。
最後に家具屋に注文した看板を提げるだけだ。
ゴダイは、遅くても七日も過ぎれば配達されるだろうと気楽に構えていた。
そうして一日の大半は写本の作業をしていた。
シアは店に並べた魔道具の値段を覚えて、空いた時間に簡単な計算と文字の読み書きをゴダイから教わったり、現代口語訳の方の写本を読んだりして覚えていった。
ある日の正午、シアに使いを頼んでゴダイしか店に居なかった頃、看板を提げていないにも関わらず、魔道士の若い女が入ってきた。
ゴダイは何とも言えず口をもごもごさせた。
「何、この店は」
やや、間を置いて、ゴダイは口を開いた。
「魔道具の店だ」
女はへぇ、と言いながらぐるりと店の中を見渡した。
それから、目に付いたカウンターの短剣を手に取って、丹念に見て、値踏みした。
「何の魔法がかかっているかわからないけど、金貨二三十枚ってとこかしら」
「まさか、四百枚だ」
「それ、本気で言ってる」
ゴダイはああ、と言って頷いた。
女は閉口してカウンターにごとり、と短剣を戻した。
「それに、そこの棚の写本とこの短剣くらいしか置いていないって」
女は呆れかえって、その後は何も言わず出て行った。
入れ違うようにシアが使いから戻ってきて、
「お客さんでしたか」
「お客だが、お客ではない」
「と、言うと」
「物の価値がわからないか、新米の魔道士だったんだろう」
シアはそのゴダイの呆れた言いっぷりから、安い値段を吹っかけられたのだろうと勝手に想像した。
「それはいくらで」
「金貨二十枚」
「はぁ、でも帝都のようなところで買えば金貨七百はくだらないはずでは」
「ああ、買取なら三百枚で買い取ってくれよう。しかし、帝都からはかなり離れているからな、四百に下げたが」