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三十二

 街道の地中から出た腕はやがて肩、頭、そしてもう片方の腕、左腕を出すと、地面に両手で突っ張るようにして腰まで出た。ゆっくりと、右足を地中から抜き出す間に、完成したのがゴダイの聖魔法であった。


 ゴダイが腕を突き出すと青白い光の球から二三の光の束が放出され、動きの遅いゾンビだかグールだかわからない人の形をしたそれを貫いた時、熱した鉄板に押し付けたようなじゅっ、という音が一瞬だけ聞こえると、その人の形をした者は腰から崩れ落ちた。 


「ひ。ひあ」


 この小さい悲鳴はアンバーであった。

 自分より強そうな敵に向かっていったりする胆力は人一倍であったが、霊的なものやこの生ける屍においてはまったく得意ではなかった。


 ゴダイはゾンビ――と仮称しておく――が出現するのはおおよそ墓場であるし、もし墓場があっても、死霊術士のような特殊な術士が、これまた特殊な術でもってして対象を動かさなければならないため、自然現象としては一般的に起こりにくい現象である。


 まさか、と思ってゴダイは、ゾンビに近づいて、右手を出して手を振ったり、手招きするようなしぐさをしてまじないをした。するとゴダイはうっ、と呻いて一歩後ずさった。


「ジャック」


 ゾンビはジャックという名がついていた。ケインたちが倒したジャックとゴダイとジュリアが倒した亡霊ジャック、そしてこのゾンビジャックときたのであった。


 妙に弱いのが気がかりだが……と考察にふけるゴダイだったが、不意にアンバーがひぃひぃ言って腰を抜かしたままだったことを思い出し、すぐさま駆け寄った。


「おい。大丈夫か」


「あ、ああ。あれは一体」


 あれは、と言われて何だと答えればいいか、素直にゾンビだと言ったらまたひっくりかえるのではないか、と珍しく相手を思いやって、


「あれはヒトモドキという魔物だ。知らないだろう。なにゾンビやグールのようなもんじゃない。あれは地中の魔素が特殊な条件下のみで発生するやつだ。人の形をしているだけの魔物だ。いや、珍しいものを見た」


 そうあることないことべらべらしゃべって、自分で納得したように何度かうんうんと頷いた。


「は、はは。そうか。なら良かった」


 足元がふらつくアンバーであったが、なんとかウルマの町まで着くことができた。町の門の見張りに怪しまれたが、ギルドカードを見せるとそのまま通された。


「このギルドカードは便利だ」


 と言うゴダイだったが、アンバーは、


「そりゃあそうだろう。身分を証明するもんだからな」


 と声に張りが出てきて、ちょっとは元気になってきたようだとゴダイは少し安堵した。


「さて、さっさと飯を食ってしまおう。馴染みの酒場がある」


 ゴダイはそう言ってあのタコを初めて生で食った酒場まで来た。


「また、何とも味のある店で」


 アンバーは良い顔をしないでそう言った。


 夜闇の中に真っ黒な建物が、ゴダイたちの持つ角灯に照らされ、ぼんやりと見えてくるのである。中に入れば、中も真っ黒。床板は古くなってきぃきぃ、と鳴った。客層は身なりの悪い年寄りばかりで、若者は今日はいなかった。


 カウンター席に二人着くと、主人が、


「何にするんだ」


「そうだな。主人、今日はタコで何ができる」


「タコのから揚げなんてどうだ」


「ほう」


 ゴダイは、あの新鮮なタコを揚げたらどうなるのか興味が出て仕方がなくなって、


「じゃあ、それとポテト。エールをもらおう。アンバーは」


「俺か。俺もゴダイと同じで宜い」


 カウンター向こうの主人が、手際よくタコの足をどんどんぶつ切りにしていって、何か白いものをまぶしてからまた、何かに漬けて、ざあ、と揚げだした。やがて、からからいいだすとお玉のようなものですくってから、油を落とし、皿に盛った。


「お待ち」


「そらきた」


 ゴダイはちょっといやしく、目の前に出された途端フォークで突き刺して口に入れては、これだ。これだ。と心の中で復唱しながらそのから揚げを口の中で良く噛んだ。これがポテトに、エールに、サービスのサラダに良く合った。


「アカザの飯とは違うな」


 これにはアンバーも鼻を鳴らして食った。ゴダイは、


「おいおい、いやしいぞ」



「お前だって」


 二人は互いを肘で突っつき合っては、腹一杯になるまで食事を続けた。


 もうすっかり夜も更けて、やってる店なんて酒場か宿くらいのものである。アンバーには大通りとちょっと外れたところにある手ごろな宿を教えてから、横丁に入ってゴダイの店の前まで来た。


「ここが、俺の店兼家だ。暇なうちは店にいるから尋ねてくるが良い」


 それから、宿まで送るいらないの問答があって、結局ゴダイが折れた。アンバーは、じゃあと言って宿へ向かった。


 ゴダイはアンバーがいなくなった途端に懐かしい気持ちになった。あの日も美味いタコを食ってこうして空を見上げた。


 でもそこにあったのは店の、赤い双眸と開いた写本が彫られた看板だった。

 ゴダイはどこからか取り出した鍵を持って勝手を開けた。


 

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