三十一
場面が転じて、アカザとウルマをつなげる街道の真中あたりにある宿でゴダイは食事をとっていた。
彼の向かったカウンターテーブルの上には黒パンと朝取れのサラダ、塩っけのあるスープのセットが置かれた。美味くも不味くもないものをただ空腹を満たすために口に入れていった。
行商のクロードと会ったのはこの宿だった。彼はあれからどうしているのだろう。もしかしたらウルマよりずっと向こうへ行って仕事をしているのかもしれない。また襲われていないか心配になったが、今回は自分が御者の手引きでこんな目に遭って、くすりとも笑えないのであった。
なんとか賊どもを撃退したゴダイだったが、御者は二頭立ての馬車ごと逃げてしまったから、また歩く羽目に合った。
初めて訪れた時は自分の足で歩く覚悟をしてきたが、こう途中で足が逃げ出してしまったものだから、残りの道のりがちょっとだけ苦になって、また飛翔して行くかとも思ったが、いやこの苦難こそ楽しまなければと思うと、俄然やる気が湧いてくるのであった。
「高名な魔道士とお見受けする」
ゴダイは思わず振り返った。クロードではなかった。
「俺は旅の者だ。名をアンバーという。隣宜いか」
「ああ」
その女は横幅の広い戦士風の格好をしていた。髪が波がかって肩まで伸びている。顔がアマカエルのように見えて、これは愛嬌があって良い。これは侮蔑なぞではなく、素直に感じた。
アンバーは勢い良く隣の椅子に座って顔を真っ黒の手ぬぐいでぬぐった。
「何か食べたか」
ゴダイがそう聞くと「いいや」と返すから店主にこっちにも同じのをくれ。あと水。と注文した。銅貨で四枚。なかなかの値段であった。
「いいのか」
「食べておけば良かろう」
「頂こう」
そうしてアンバーも食べ初めて、そろそろ腹も落ち着いたところ、
「先の。見てたぜ」
彼女が先の、と言うのはゴダイに疾風怒濤のごとく襲いかかる賊どもを獄炎に焼くわ、つららでぶっ刺すわ。果ては近づいた者どもを文字通り、ちぎっては投げちぎっては投げとやったことだった。
「ありゃあ傑作だ。賊なんてなるべくああやってやられるべきだ。まあ、賊なんて言葉にはできないようなことをやっているんだろうから、既に覚悟はできているんだろうさ」
しかし、と付け加えてアンバーは、
「ゴダイ。お前どこの国のお抱えの宮廷魔道士だ。いや騎士なんだ」
するとゴダイはにやりと笑って、
「何、俺なぞ。俺はただのウルマの魔道具屋の店主をしている」
「なんだって」
アンバーのカラスの鳴き声のような、遠くまで届きつつ耳障りな声が食堂に響いた。二三の客がこっちを向いた。
「ああ、違う。すまねぇ」
頭をかいて、恥ずかしそうにしながら、あっちの二三の客とカウンターの奥の店主に小さくお辞儀をしてみせた。
「どうも俺は声がでかいからな。直そうにも直らん。困ったものだ」
アンバーは水を一口飲んでから言った。
「しかし、あれほどの腕があるんだ。宮仕えもできるんじゃないか」
ゴダイは首を横に振って、
「たまにそう言われるが、俺は店番しながら茶をすするのが一番気楽であっている」
「へぇ。それだけの腕がありながら」
「ああいうのは腕だけではだめだ。聡明な頭に付け加えて、常に理知的でなければいけないだろう。利己的で怠惰な暮らしを好しと考えているから俺はだめだ」
「そうかなあ」
話が一段落して、ゴダイが言った。
「俺はそろそろ行く」
「待て、ウルマに行くのだろう。俺も着いていっていいか」
「何故」
「そりゃあお前、強い魔道士さんについていった方が道中安心だろう。それにあんな襲われ方したんだ。誰かと組んだ方が良いに決まってら」
そう話している間に、手を組むことになって、じゃあとアンバーが、報酬はどうするとゴダイに聞くと現地到着と短く答えたのである。
「アンバーは山伏だったか」
「ああ。もう修行はこりごりだ。俺は精神が弱いとみえる」
「随分丈夫そうだが」
「うるさいよ」
彼女は辛い修行に耐え切れず山を出た。そしてアカザからウルマへ向かう途中、先の宿の近くで、あのゴダイの戦いぶりを見て腰を抜かした。
ウルマに着くまでとにかく何もなかった。魔物は見えないし、雨も降らねば、季節外れの熱さも過ぎて、気持ちの良い陽気が続いた。夕方になればすぐ野営して体を休めたが、足が棒のようになってたまらないとアンバーが漏らした。
四泊五日の旅のほとんどは平和そのものであった。しかし、その五日目、すっかり日が暮れてしまって、もうウルマの町の城壁が小さく見えてきていたから、急ごうと二人が歩を早めていると、ゴダイの耳の奥がぴいぴいなって、半透明のふかん地図の反応が一つだけ奇妙な軌道を描いてやってくるものだから、
「来るぞ。敵だ」
「何。どこだ」
アンバーは背負った大剣をぶうん、と頭上で横にぶん回してから構えてみせた。その得物の刀身はゴダイの身長――約百七十センチくらいあって、その月光に照らされた大剣と彼女の風貌を目にしただけでも、そこらの子鬼程度なら追っ払えるだろうとゴダイは思った。
ゴダイはふと、踏み固められた街道から、杭が出ているように見えた。
持っていた角灯を突き出して近くへと寄せると、今まさにもがき出たばかりの人間の腕であると気づいた。
「きゃあ」
アンバーが尻餅をついたのである。




