三
やがて、運ばれてきた料理を口に運び出すと少女は何度も、
「いいのですか。いいのですか」
と言ってまたゴダイの顔をちらりちらりと見るから、
「ええい。遠慮するな。食え、食え」
と言って食事を促した。
「俺はゴダイ。魔道士の端くれだ。お前は」
「私は。シアといいます。ゴダイ様」
「様、様か。ううん悪くはないが、どうだろう」
「この度はお食事を施してくれてありがとうございました。私は恥ずかしながら孤児なのです。なので、お金なんて全然持っていないのです」
「そうだろう。まぁ、気にするな。子が食えないのは親が悪いが、親がいなければ国が保障しなければならない。俺が昔」
ゴダイはそう言いかけてやめた。
「こうして会えたのも何かの縁だろう。俺は今まで旅をしていたが、昨日からこのウルマの町に住むことにした。理由はそのうち話そう。魔道具でも売る店を開くから、その手伝いをして欲しい。なに、この国の情報には疎いから、給金や働く時間やらその他何か意見があればどんどん言ってもらって構わない」
「私なんかでいいんですか」
ゴダイは発言のたびに弱気な言葉を吐く少女を見て、どうも昔の自分を見ているような気になった。
ゴダイは元々やさしい少年であった。
言葉遣いも丁寧だったし、先のように語勢良く話すこともなかった。
勉強もしたし、親の言うことも良く聞いた。
何が彼を代えさせたのか、それはこの長旅に出立せざるをえなくなった状況と、その国の文化に関係があった。
だからこそ今のように、時たま元来のゴダイが背中からひょいと顔を覗かせることがあった。
昼食を食べ終わった二人はさっそくゴダイの店に向かった。
店の二階に住めるから、宿に泊まり続けるのもどうかと思った。
しかし、連泊を取りやめても金が戻ってくることもないので泊まり続けることにした。
「そうさな」
店に入ってゴダイがそう呟いた。
「掃除をしてもらおう。二階を先にやってくれ。そこがシアの寝床にもなる。道具は階段を上がってすぐ脇に置いてあるから、それを使ってくれ。あと、身体も本調子ではあるまい。無理はするな」
シアは、はいと快活に返事をして二階に上がっていった。
「俺はちょっと仕入れをして来る」
ゴダイは二階に聞こえるような声で言って店を出た。
彼が向かったのは大通りにある武器屋だった。
店に入るとすぐにカウンターがあって、剣やら槍やらが壁に飾ってある。
店主は熊のような毛深い男だった。
「なにようかね」
「なあに、ちょっと剣が欲しくてね。短剣を十ばかり欲しい」
「短剣だけ、十もかい」
店主はそんな数を買うのかと困惑気味だったが、カウンターに何本か短剣を置く。
素材は鉄のそこらで見かける普通の短剣だった。
鞘から出してくれ、ゴダイは刃と柄をよく観察した。
「よし、十もくれ」
「一本、金貨十枚。あわせて百枚だ」
購入した短剣は背負っていた魔獣の革でこしらえたリュックに入れ、勘定を済ませた。
「それと、服はないか。子供用なんだが、お下がりがいい」
「うむ。どうだろう、家内に聞いてみよう」
店主は後ろに向かっておい、おいと何度か呼ぶが返事がなく、ええい、と奥へ引っ込んだ。
数分もせず戻ってくると、
「布の服とズボンが四着ずつだな。娘のやつを家内が取っておいたらしい。タンスの肥やしになっているよかましだろう。金貨一枚で良いか」
「おお、助かる」
再びリュックに入れて金を払った。
「また、来る」
「ああ、いつでも」
武器屋をあとにしたゴダイは、家具屋に行って看板を作ってもらうことにした。
「魔道具屋の看板をこしらえたい」
「何が良い」
「一般的な魔道具屋っぽいものが良かろう」
「魔道具屋っぽいものか」
「何がよかろう」
「うむ」
主人はちょっと黙って、
「魔道具屋は都会まで行かなくちゃ無いからな。魔法が付与された武具とか道具とか売るんだろう」
と言って腕を組んだ。
主人は魔道具屋は都会の店とばかり思っていたから、ゴダイの大雑把な注文に頭を捻り捻り考えた。からきし案が出てこなくて、また黙ってうん、と唸っていると、
「そうだ。あと本も売る」
とゴダイが言ってまた、
「本」
と聞き返した。
「いわゆる写本だ」
「じゃあ、本の開いた絵を彫って看板にしよう」
「よし、それで頼む」
彫り物の絵さえ決まれば、事はとんとん拍子に進んでいった。
看板が出来上がったら家具屋に届けてもらう手はずとなった。
これで一区切りとしてゴダイは自分の店に戻った。
「おい、戻ったぞ」
二階から降りて来たシアに土産の服を見せる。
「こんなに上等なものを」
「ただのお下がりだ。それと」
ゴダイは元々持っていた棍棒を手渡した。
「これは」
「見ての通り棍棒だ。丈夫で軽い素材でできているし、麻痺の魔法を付与している。これでがつんとやれば、そこらの悪党なんざしばらく痺れて動けなくなるだろう。護身用に持っておけ」