二十七
ルイとも別れて岐路につくシアであった。
店に帰ると戸口のドアの隙間に何か挟まっているのが見えて、それを摘んで抜き出した。そこにはシアへゴダイより。と書いてあるのが目に飛び込んできたから、わっ、と声を上げるのを堪えながら、急いでドア鍵を開けて、また締めて、そうしてカウンターの椅子に着いて封を開けた。
そっちを発って三日経つ。変わりはないか。よく考えないでそっちを出発したのを今
になって申し訳なく思う。もう少しこちらにいるから、食事だけは怠るな。ちゃんと噛
めよ。湯にも行け。一日銀貨二三枚なら使って良い。
ちゃんと休んでいるか。無理は良くない。体調はどうか。
この手紙に返信はいらない。たぶんじきに帰る。
最後に出がけのまじないを覚えているか。あれは、俺の経験を値にした時、その値をシ
アにも分配するまじないだ。
この手紙がそっちに着く頃に俺が小競り合いの一つ二つしていればシアの体が丈夫
になっているかもしれない。
悪いことではないから、安心して欲しい。ではまた。
シアは手紙を何十と読んではそれを抱いて転げまわりたい気持ちに駆られた。
夜、床について枕元の角灯の灯りを消す時、もう一度だけ、と手紙を眺めた。
彼女は経験を値にして分配するという意味がいまいち理解できなかったが、今日の自分の動きがどう考えても尋常ではなかったから、おそらくはその値というのがまじないと相まって強くなったのだろうと思い込むようにした。
それでも疑い半分であった。
しかし、ウルフは簡単にやっつけてしまったし、気持ち十分で殴ったやつは粉みじんにしてしまったこと。そして、ルイと共に感謝の言葉を述べられて、報酬をもらった時の銅貨の重み。これらは紛れもない真実だった。
経験の値についてはゴダイの帰ってきた時にでも聞こう。考えがそう落ち着いたころ彼女はようやく眠りにつけた。
翌、早朝。朝市で見つけた好物のエビのサンドを見つけて堪らず買ってほおばった。銅貨二枚であった。また昼食用の大きな黒パンを銅貨二枚で買ってリュックに入れて、また背負った。
腹を満たしたシアは、朝市を見て周った。
食べ物、武具、洋服、工芸品、ポーション類や薬草もあった。先日の買取の客のことがあったから良く見て店の人に聞いた。
値札なんて下がってないから、いちいち聞いて周って、もうよい時間かな、というところで切り上げた。それからギルドでクエストボードを見学して店に戻った。
それからは客なんてほとんど来ないのだから、店に並べてある写本の勇者英雄奇談を読んで過す。文字の書きはまだまだであるが、読みはもう大したもので、今となってはおおよその文字を読むことができるようになっていた。
写本を開いてしばらくした時、戸口に誰か立ったようである。
ふう、と顔をあげて見ると丁度戸が開いて、
「ああ、なるほど。赤い目」
と言って男が店に入ってきた。
男は頭がつるつるして、色白で、筆で書いたような立派な眉の蓄えていた。年は四十、いや五十過ぎだろうかと考えたが、幼いシアにとって三十以上は全ておじさんの範疇に属した。
「いま店主が不在でございます。足りないものもありましょうけれども、どうぞゆっくりご覧になってくださいませ」
シアはいらっしゃいませと言ってから、そう付け加えた。
「そうか。じゃあ見せてもらう」
男は戸口からぐるっと店内を見て回っている間、シアはゴダイに倣って茶を入れた。ポーションによく似た、緑茶であった。それからカウンター内側の引き出しから手のひら大の金属ケースを取り出して開いては、並べるように入っている煙草を緑茶と一緒に二本盆に乗せ、
「どうでしょうご一服されては」
と言ったシアであったが、男が背を向けてじっ、と動かないので、何を見ているのか気になって後ろからひょいと顔を覗かせると、あの写本であった。
「読んでみても」
「どうぞ。もしよければ読みながらご一服されては。さあさ、こちらへ」
そう言ってシアは男にカウンター席を勧めて座らせた。まだクッキーが台所の戸棚に入っていたのを思い出してそれも皿に五六並べて後から盆に載せた。
「頂こう」
そうしてしばらく静かな時間が流れた。
その間男は、写本の装丁を眺めて、ひっくり返してはまた眺めた。
「これは良く出来ている。この、装丁は安上がりの割りに丁寧な仕事だから良い」
また写本を開いては、
「本文に何か……まあいい。にじみが少なくて読みやすい。君の主人は良い仕事をしている」
そう言われるとシアははにかんで、
「き、恐縮でございます。ゴダ、店長に伝えます」
と言った。
「よし、一冊もらおう。いくらだ」
「はい。金貨で四枚です」
「……いや金貨十二三、いや二十枚は取れるだろう」
「いえ、写本は一冊金貨四枚と言われております」
「何故、そんなに安い」
そう言われましても、と言ってシアはちょっと言葉に詰まった。でもゴダイが楽しそうに読んだり、書き写しているのを見たりしていて、思いつくのが、
「多分好きなのでございましょう」
「好きが高じて、と言うか」
「はい。あと、なんとかという古いものを口語訳にして読みやすくしたいのだと」
「……言われてみれば」
装丁や本文のインクのにじみばかりに目が行っていた男であったが、文章を読んでみるとすらすらと目が動いた。
「ああ、うん。わかった。買おう。しかし、今は金がない」




