二
到着した酒場はぼろだが味があった。
外観のその熟成した――何か匂い立ような雰囲気が気に入り吸い込まれるようにして入った。
すすけたの天井、黒に近いこげ茶の床板は、歩くたびにキィキィとなった。
客層は年寄りや金のない若い客が多い。
「エールを。食事は何ができる」
ゴダイはカウンターに着いて店主に言った。
「新鮮なタコが入った。地方に寄っちゃあ食わないらしいがここじゃあ食う。新鮮だから生でも食えるぞ」
「生で。ほお」
馬鹿言っちゃいけない。と続けそうになるが慌てて飲み込んだ。
地元民が地元民のすすめる食べ方で食べた方が一番美味いことをゴダイも分かっていた。
「じゃあそれとエール。パンとポテトも頂こう」
そうして食べている間にこれからのことを考えた。
ゴダイは先のクロードのような護衛依頼をまたこなせば良かろうと考えていたが、このタコを口に入れて噛むごとに、このウルマにしばらく留まっても良かろうと言う気が大きくなっていった。
「あごが疲れるが、これはうまい」
「だろう」
「これは甘味が入っているだろう。ポテトも美味い」
「だろう、だろう」
店主が満足げにうなずいて、
「しかし、君は見ない顔だ。旅人か」
「ああ。でも今日からしばらくは住もうと思う」
「はあ。なんでまた」
「なにより食事が良い」
「へぇ、食事」
「ここの食事のことだぞ」
「へへへ、そりゃあ、ありがてぇ」
そこから照れて店主はしばらく黙った。
タコとエールをおかわりして勘定を払った。
こんなに美味いものを食って銀貨二枚は安い。
アカザの町の黒パンとスープは食べれないものではなかったし、銅貨五六枚と安かったが、ここの料理と比べるのであれば、どちらが勝者であるかはどんな粗末な舌を持つものでもわかるだろう。
翌日、ゴダイは石造りの堅牢な建物に入った。
人が五六はいて、カウンターの女と話をしている。ゴダイは後ろに立って順番を待った。
やがてゴダイの番が来て、
「魔道具を売る店を開きたい」
と口早に用件を伝えた。
「それならいい物件があります。見てみますか」
「頼む」
と、これまた口早に答えた。
しばしホールで待っていると、奥から腰の曲がった爺が出てきた。
それを一瞥してほう、と溜息を付いた。
「さっきの若い女の方がよかったかい」
「は、まさか」
「そうか。まぁ、行くとするか」
ゴダイは爺に連れられてギルドを出た。
「ところで予算はどれくらいか」
爺がそう言うとゴダイは、
「いい買い物がしたい。金貨四、五百枚は払おう」
と言った。
「四、五百。それなら、なかなかの物件を周旋できる。すこし大通りからは離れるが、二階建ての木造の家だ。場所もいい」
その家は大通りと対をなす裏通りに建っていた。
大通りより道は狭く、馬車はすれ違えるかどうかは、非常に難しいであろう印象をゴダイは受けた。
一階は店舗部分として広さは約二十坪。
ほこりを被っているが棚が複数とカウンターもあってすぐに営業できそうだった。
奥の階段からは上がると住居空間となっていて、ベッド二つと机があった。
「ここにしよう。どれ、支払いを済ませよう」
ゴダイは爺にしっかり金貨を数えさせ、四百余枚払った。
「ずいぶん気持ちのいい金の使い方ですな」
「それはどうも」
後の手続きは爺に任せ、鍵を貰い、ほうきやバケツ、はたきに雑巾といろいろ隅の方に放ってあったのを見つけて、さっそく掃除を始めた。
ゴダイは昼になって宿に戻って休憩がてら昼食をとるべく、裏通りを歩いていると、ふらふらと歩く子供を見つけた。
年は十二、三の女だった。
「危なっかしい。足でも怪我しているのか」
ゴダイが声をかけても返事はなかった。
彼女の髪は伸びに伸びて、服装もぼろであるから、浮浪児であることがわかった。
「おい、どこに行く」
語勢よく、ゴダイが声をかけると、少女はびくりと身体を震わせてから振り返った。
見事な赤い瞳だった。
顎の突き出た姿勢やら、たよりない足取りやら、痩せて骨ばった体格をどけて、そのルビーのような双眸がゴダイに強く印象を与えた。
「その、ごみを」
「ごみをあさりに行くのか」
少女は言いにくそうにして目を伏せ、頷いた。
「まったく国は何をしている」
少女はゴダイの言葉に驚いて、
「いいんです、いいんです。国は関係ありません」
と言って、また歩き出そうとした。
「待て、待て。理由はどうであれ、腹がすいているだろう。ついて来い。何か食おう。何、おかしなことなんてしない」
ゴダイに妙な少女趣味なぞないから、本心から出た言葉だった。
宿の食堂でゴダイは二人分のパンとスープを頼み丸テーブルの席に着いた。
少女は何度もゴダイの様子を伺っていると、
「子供がなにを気にしている」
と一蹴され慌てて視線を外した。