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十一



 翌日ともなれば、ゴダイのさっぱりした平生からの気性でシアに昨日のことを責めたり問いつめることなぞなかった。


 ぎこちない返答を繰り返したのはむしろシアの方であった。それもゴダイの他愛ない会話に引っ張られるようにして平生の調子を取り戻すと彼もまた安堵した。


 ゴダイは朝食をとると、一服もしないままシアに店番を頼んでポーション作りに励んだ。二階の黒檀の机に着いて、小さなすり鉢からビーカーやら、ろ過機までどこからかとり出した。


 次にゴダイはすり鉢で昨日取ってきていた薬草をすり始めた。薬草はあれから乾燥魔法で良い塩梅に仕上げておいていた。すり終わった薬草をとにかく煎じて濾した。


 バケツ一杯にできたポーションの元になる見目緑茶のような緑色の液体に、錬金魔法をかける。すると最低級のポーションができ上がった。


 カイルの要望が低級以上だったので、さらに精製魔法をかける。これによって最低級から低級ポーションへと生まれ変わった。


 最後に手持ちの試験管のような容器に七八部まで注ぎいれ、コルクで蓋をし、衝撃吸収魔法をでき上がった低級ポーション群にまんべんなくかけていく。これで放り投げて地面に落ちたくらいでは割れることはまずない。


 数えるとその数五十余本程。カイルの所望した数より少々多くなったが、おまけとしてやっても良かろうとゴダイは腕を組んで頷いた。


「よし。日向亭のカイルまでポーションができたと伝えてくれるか。店番は俺がやろう」


「たったの一日でできたのですね」


 シアには一日でどれくらい沢山のポーションを作れるか今まで知る機会がなかったが、薬草の採取から始めて翌日にぽん、と四十も五十も作れてしまう手際に驚かされるばかりであった。


 ポーションが王都や帝都など限られた店でしか買えない貴重品であることはシアも知っていたから、こうも一度に大量に作られては、あの戦士カイルもさぞ嬉しがるだろうと彼女も胸を高鳴らせた。


 ゴダイはシアに見本に一本低級ポーションを持たせ使いにやった。


 ゴダイは彼女の帰りを待ちつつ、茶を淹れた。薄く切ったレモンを浮かべた紅茶であった。陶器の白と紅茶の赤とレモンの黄が粗雑な木の板一枚のカウンターに彩を添えた。


 時刻は午後三時あたり。何か茶請けがなかったかと、後ろの台所を探してシアに買ってやったクッキーを二三失敬して、それも小さな白い皿に綺麗に並べてカップの横に置いた。


 店内とゴダイの鼻腔が紅茶とレモンの良い香りに包まれた頃、黒ローブの男が戸口に立った。


 ケインにはカウンターの横の椅子に座らせ、ゴダイが飲んでいた紅茶を新しくいれて茶請けと煙草を盆の上にのせてやった。ケインはかたじけないと言って煙草をくわえ、指の先端から小さな火種を起こして火を付けた。


「先ず始めに謝らなければならない」


「白ローブのことだろう」


「そうだ。あいつはスノウと言う……本当は違うならしいが。君は、ゴダイ君は知っているだろう。あいつは人間ではなかった」


 ゴダイはあのしわがれた男のような、また獣の咆哮のような叫び声を思い出していた。


「確かにあれは人間ではないな。俺がアイツを知っていると言ったな。どういうことだ」


「ギルドの決闘と言えばわかるか。報告は受けているのだよ」


 ゴダイはほう、と言って自分の顎を撫でてから言った。


「それで何を謝らなければならないんだ」


「それは」


 そう言ってケインは、黒いローブと一緒になったフードを脱いだ。赤い髪の毛と彫りの深い顔があらわとなった。若い頃ならそこらの女共の引く手あまただったろう。

 ゴダイの顔は平べったい作りだから羨ましく思った。


「こう言うことだ」


 ケインはそう不敵に笑って見せたがゴダイにはどうも合点がいかなかった。ややあって、


「私はジョン=ジャン=ウルマの長兄、ケインだ」

 と言うとようやくゴダイはああ、と首肯した。


「なんと、まぁ。数々の失言、ご無礼をお許し下さい」

 そう言うとゴダイは片膝立ちになり、頭をたれて、この国で言う最高の謝罪をした。


「待て、待て。私はジャックの――愚弟が迷惑をかけたことを謝罪しに来たのだ。頭を上げてくれ」


 ケインはそのゴダイの肩を横からぱんぱん、と軽く叩いて元のカウンターの椅子に座らせた。


「それにここにいるのは領民にも内緒なのだ。だから私は、中堅の魔道士ケイン。黒ローブのケインでもいい。そう言うことにしておいてくれ。敬語も要らぬ」


「そうですか――そうだな。それなら仕方なし。そちらの言うとおりにしよう」


「分かってくれてなによりだ。では私はこれから愚弟にお灸をすえに行く。また何かあればよろう。あの短剣、役に立っているぞ」


 そう言い残して出て行った。入れ替わりでシアが帰ってくる。


「カイルさんは明日一番で来るとおっしゃってました」


「そうか、ご苦労。よし、茶でもいれよう」


 ゴダイはシアの「私がやります」の声を手でひらひら制して紅茶をいれてやった。同じ茶請けのクッキーを皿に並べて一休みするよう言った。

 再びレモンティーの香りが店内を包んだ頃には夕日が差し込む時分であった。


 翌、早朝、まだシアが起きる前、カイルが店を訪ねるとさっそく値段の交渉となった。       

 低級ポーションは王都であれば銀貨七枚前後から金貨一枚くらいが相場であった。

 回復量としても駆け出しの冒険者がほぼ全快できる効能があった。


 カイルがこんな田舎で質の良いポーションを手に入れることができたこと、加えて予想を上回る一日二日で納品できる手はずとなったことを加味して一本あたりの価格、金貨一枚にしてさらに色を付けた。合計五十本、金貨五十枚と銀貨五十枚で売ることとなった。


「店主、助かった」


「そう言ってもらえるとこちらも嬉しい」


 カイルが店を去ると、ゴダイは帳簿を付けてギルドへ行った。そして、金貨十六枚と銀貨五枚を税として納めた。


 この国、ウルマ領の町ウルマでは、収入の三割が税として納めることが義務付けられている。これは一般に少ない方であった。


 悪名高い帝国カ・サンドラなぞ平民の血肉を貪り食うが如く税を徴収した。

 そして民達を帝国から出られないよう幾重にも法で縛ってそれを許さなかった。

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