一
よろしくお願いします。
男は食堂で食事をとっていた。
そこは町と町を結ぶ街道にある宿の食堂だった。
町からは離れているから、客はその男を含め二三しかいない。
客室は離れになっていて、いわゆる九尺二間の長屋だった。
「高名な魔道士とお見受けします」
そう言ったのはクリーム色の貫頭衣を来た浅黒い男で、名をクロードと言った。
「はあ、高名」
呆れ調子で男が言うとクロードは、
「身に着けている装飾品はそこいらの貴族がこぞってつけている物とは訳が違うと思うのですが」
確かにクロードの言う通り、男の――ゴダイの身に着けた装飾品の見た目は豪華ではない。
不純物の多い鉱石が元で作られているし、何せ作りが雑なものだった。
しかし、装飾品のネックレス、腕輪、指輪のそれら一つを店で買うのであれば、ちょっとした土地付きの小屋が建つ程度の金貨を必要とした。
それは装飾品以外の装備にも言えた。
皮で出来たチェストガード、籠手、レザーブーツと腰から提げた鉄の短剣といういでたちは一般に軽装の旅人のような格好だが、他者とは一線を画した。
魔道士なんてものは一般的に身に付ける物からゴテゴテしてよくないとゴダイは平生からこの格好を好んだ。
「特に黒いローブにフードで顔を隠した日にゃあ時代遅れのたまものだ」
「そのローブの首元からなにからチラチラ宝石を見せるんでしょう」
「そりゃ、クロードさん。愚の極みだ」
「魔道士の文化で、しきたりみたいなものでは」
「そうかもしれない。いや、そうであれば因習だろう」
「はは、間違いありませんな」
クロードはそう言って笑い、隣のカウンターへと座った。
ゴダイが「まだ、何か」と聞くと、頷いて口を開く。
「この街道沿い、ウルマの町までの護衛をお願いしたいのです」
「ほぉ、ウルマ。ではここまではどうやって来たので」
ゴダイがそう言うと、クロードはがくりと肩を落として言った。
「それが、聞いてくださいよ。旦那。先日北のアカザの町で戦士の男を二人雇ったのです。私は商人の端くれ。引いていた馬車の積荷が欲しかったのでしょう。馬車に乗っていた私をどん、と突き飛ばして、御者と三人で逃げたのです」
「それは難儀だ」
「でしょう。金は何とか手元にありますが、ギルドに報告するにしても何をするのにも、ギルド支部のあるウルマの町まで出なきゃあならないのです」
ゴダイもウルマまでの旅の途中だった。
金も少しは入るだろうし、一石二鳥と考え込むまでもなかった。
「いいだろう。だが、移動手段は。聞けば馬車は無いと」
クロードは伏目がちに、
「歩きになります。はい」
と答えた。
「いや、よい。元々こちらも歩きだ」
「はは、言ってみるものですな」
そのクロードの喜びように二三の客も「なんだなんだ」とこちらを一瞥していた。
「色を付けて一日金貨一枚。成功報酬に金貨五枚でどうでしょう」
「おお、のった。のった」
ウルマの町までは徒歩で五日はかかるため、報酬は合わせると金貨十枚と悪くない額にゴダイの頬をほころばせた。
日はとうに昇りきっているため出発は翌、早朝となった。
宵の口、長屋に戻ったゴダイは角灯を枕元に置き、粗末なベッドに体を投げ出した。
朝日が上らぬ漆黒の只中を、二人は角灯を突き出しながら街道を南へ歩いた。
街道沿いにはたまに茶屋や昨夜泊まったような宿がある。
もちろん客商売であるから町のものと比べて値段は跳ね上がった。
二人が進む街道の両端は常緑樹が林立していた。
歩いている道すがら、ひとたび誤って街道を外れることがあれば、たちまち魔物や賊に襲われてしまうだろう。
彼らはその危険を熟知していた。
日が真上に来る頃、休憩となった。
食事は干し肉。これを水にふやかしながら食べる。
「茶屋でもあればいいのですが」
「街道の茶屋ほどだめなものはない。高すぎるからな」
「まぁ、そうですな」
「やはり旅人ってのは、食事とか水とか、上手くやりくりして、寝床も工夫して、あらゆる困難な状況を切り抜けて生き延びてこそだろう。昨日泊まった宿とかはたまにでいいのさ。だからこそ、ありがたみも出ると言うものだ」
「私はいつでも泊まりたいですがね」
「そりゃあ、贅沢言えばな」
二人は何ごともなく四度の野宿と五日の移動で予定通りウルマの町に着いた。
日はもう暮れかかり、辺りを橙色に染め上げていた。
「では報酬は約束どおり金貨十枚」
「ああ」
ゴダイはこの夕日に染まったクロードの安堵した顔がしばらく頭から離れなかった。
金は貰ったし、仕事としてやった護衛の仕事だが、充足感と疲労感が彼の心と身体に心地良い余韻としてしばらく残った。
町に入る直前に金貨を貰い、二人はそこで分かれた。
それからすぐに宿を取り、念のため十日分の代金の金貨二枚を払った。
宿主の男に「今夜は飲みに行くから食事はいらない」と断り、場末の酒場に向かった。
街の大通りは町民たちが往来していて幾人とすれ違った。
旅人も多くゴダイと同じような格好の者もいた。
黒ローブのいかにもな魔道士を見つけると心の中で嘲笑した。