英雄は英雄になりたくなかった
「俺が救いたかったのは、何万人のその他大勢じゃなくて、何人かの友人だけだったんだよ」
これほどまでに、教会で告白されるのには不釣り合いな言葉もないだろう。
そんな現実逃避じみた考えを巡らせながら、ステンドグラス越しに室内へと差し込んでくる、強過ぎる光へと目を細めた。
かつて見た軍服ではなく、眩しいくらいの白いカッターシャツと、濃紺のスラックスに、黒い革靴。
サングラスは何のポリシーなのか、外してはいなかった。
「救わなかった方が、良かったと?」
「どうだろ?俺にはもう何も分からなくなっちゃった。何が正しいのかすら、もう分かんないんだよ」
唯一あの人が教えてくれた正しさも、と続けられた言葉に、俺は歯噛みをした。
俺も彼も、同じあの人を思い浮かべる。
俺は鮮やかな緑の瞳と、毛先が白くなったアッシュグレーの髪を。
彼は、きっと、細くて華奢なのに、それでもシャンと伸びた背中を。
何かを諦めたように笑う彼のそれは、そんなサッパリとした言い方だったからこそ、余計に本心からの言葉だということが理解出来た。
それに、彼ら――彼と彼の友人達が行った功績の数々と、その代償として彼の周りから消えていったものや友人達のことを考えれば、尚更のことだった。
救えなかった命のことを考えているのだろうか。
顔も名前も知らない、数多くの救われた命ではなく。
彼の心に棲みついた、救えなかったいくつかの命のことを。
この国の多くの人がハッピーエンドと喜んだその裏で、英雄だと謳われたその人物だけがただ一人、その境遇をバッドエンドだと嘆いている。
そんなことを誰がどうして予想出来るのだろうか。
こんなはずじゃなかった。
あの時死んでいれば良かった。
まだ彼と知り合って日の浅い俺でも、手に取るように分かる心情は、一体どれだけ彼の中の善性を蝕んでいったのだろうか。
祈ったところで報われない。
それは、数々の信仰を捨てるにはあまりにも正しい因果だろう。
「俺はあの人に救われたのになぁ」
そう言った彼は、静かに一筋だけの涙を流した。