#1 「______」
気づいた時にはもう遅かった。
俺の住むぼろアパートは、メラメラと燃える炎に包まれていた。
時計を見ると夜の1時半。
いや、秒針が止まっているのを見ると、もしかしたらそれよりも遅い時間かもしれない。
なんにせよ、この建物は古き良き木造建築だ。
家賃と給料との兼ね合いもあり、自分には妥当だろうと判断し決めたこの我が家だったが、それが裏目に出てしまったらしい。
廊下を見てみると、床や壁が景気良く燃えていた。俺が廊下へ一歩踏み出せば、崩れるんだろうな。
遠くからはサイレンの音が聞こえる。それと、恐らく野次馬が集まってきているのだろう。外からは口々に騒ぐ声も聞こえた。
こんな光景、ニュースでしか見たことが無いな。
近所の人達が、十分な距離を取り、こちらを見て話すのだ。
そしてテレビクルーが来たなら、インタビューに応えるのだろう。
……他人事みたいに。
いや、事実他人事だからしょうがないのか。
ニュースに名前が乗るのだけは勘弁して欲しいな。
そんなことになったら、また会社の同僚や上司になにか言われる…ああ、それも死んだら関係の無いことだな。
会社…か。
「死」
そのことに対して俺はさして恐怖していなかった。
自分でも不思議に思うが、人はこの世に未練がない時、安らかな気持ちであの世に行くのだとは聞いたことがある。
実際本当かどうかはわからないが、だとすると俺は大往生ということか。
この世に思い残すことはなく、安心してあの世へ旅立てると。
……まさか、そんなことはない。
そう、俺は自嘲気味に笑った。
むしろ、この世に絶望しているくらいだ。
高校は不登校気味。辛うじて卒業し、辛うじて受かった大学も結局は中退。
ほうほうの体で入社した会社は俗に言うブラック企業で、この数年俺に心休まる日はなかった。
昨日だって、二徹した上残業で終電がなくなり、クタクタになって眠ったように死んで…いや、比喩としてはあっているだろうが違うな。死んだように眠っていたところを、まさかの休日出勤命令。
同僚はどこから情報を仕入れたのか、俺を高卒、大学中退だとことある事に馬鹿にしてくる。
上司は理不尽な要求を突きつけては、俺を拾った恩を擦り付け、クビをチラつかせるようなことも言った。
もう……疲れたのだ。
火事。かえって丁度いいのかもしれない。
こんな身勝手な世界から、一人ひっそりと消えるだけだ。ニュースにはなるかもしれないが、きっとそれを見た人は寝ればすっかり、忘れてしまうのだろう。
両親は数年前に事故で死に、弟二人は音沙汰無し。
父さんや母さんにはいろいろと苦労をかけたのに、俺は仕事が立て込んでおり、事故で二人が亡くなった時、すぐに駆けつけることが出来なかった。
俺が見たのは…焼かれた後の、二人分の遺骨だけだったのだ。
そのことに関し、特に次男は俺を責めた。
俺はなにも言えなかった。
それ以来、連絡も取っていない。
遺す家族もいない。
だから、不思議と恐怖は感じないのかもしれない。
未練はあるが、希望はない。
あるのは抜け殻のような自分と、先が真っ暗な未来だけだ。
だがもし…もしもう一度人生がやり直せるなら、両親を大切にしたい。学校にも真面目に通って、やると決めたことは最後までやり通して…そして、幸せな家庭を築きたい。
人に誇れるような生き方をしたい。
後悔しない生き方をしたい。
むせ返るような熱さの中、人生の最後に、俺はそんなことを思っていた。
お初にお目にかかります、崎守と申します。
文字数は果たしてこんなに少なくてもいいのかとか、こんな拙い文章で伝わるのか…等々、いろいろと不安ではありますが、大好きなものを詰め込んだ作品になっています。
どうぞ、生あたたかい目で見守ってください。