~八月六日(昼)~ 寺子政樹
「京子さんは生きて。僕を殺していいからさ」
僕はここで死ぬ覚悟で言ったのに。
「あら、奇遇ね。私も同じことを言おうと思っていたの」
京子さんは明るい声で話す。
「政樹くんは生きて。私を殺していいからね」
京子さんも同じことを考えていたらしい。同じことというか相反することというか。
「いや、京子さんが生きて」
「いや、政樹くんが生きて」
「僕は死んでも構わないから」
「私も死んでも構わないわよ」
これは堂々巡りになる会話だ。収集の着けようがない。そうかといって自殺するわけにもいかない。自殺したら両方とも射殺するって言っていたっけ。
村長はこんな状況を見たかったわけではないだろう。あの性格の悪い村長の考えることだ。僕達が生きるために殺し合う様を見たかったのだろうけれど。残念ながら現状はお互い生かすために譲り合うことになってしまった。
その後も言い合いを続けたが、お互いの主張は平行線のまま解決案は出せなかった。
「よいしょ」
僕は縛られた身体をもぞもぞと動かし落ちていたナイフを拾った。縛り方が雑なおかげでなんとか何とかナイフを手にもって、僕を縛っていた縄をほどくことができた。恐らく自力で脱出が出来るようわざと雑な縛り方をしてあったのだろう。ほどくまでにそれほどの時間は掛らなかった。
「政樹くん?」
僕はナイフを構えて、京子さんのもとへ近づいた。
「あまり動かないでね」
僕は京子さんの身体を支えて、縛っている縄を斬った。
「あ、ありがとう」
京子さんは縄から解放されて立ち上がった。
僕はすかさず拳銃を拾った。M1911コルトガバメント。
「はい」
スライドを引いて安全装置を外して京子さんに手渡す。
「え、うん」
京子さんは驚いた声を出したけれど、きちんと銃を手にした。
京子さんは拳銃なんて撃ったことないと思う。僕も本物は撃ったことがない。この島にいる京子さんでも写真や映画でなら見たことはあるかもしれない。いずれにせよ、引き金に指を掛けてくれてよかった。
「ふっ」
僕は鋭く息を吐いて、京子さんの顔面にナイフを突き立てた。
「ん」
京子さんは全く動じず、自分の眼の前で止まったナイフの切っ先を見つめていた。ナイフが自分の目の前で止まることは分かり切っていたようだ。
「動揺しないんだね」
いきなり目の前にナイフを突き立てられたら誰だって反射的に防御するか避けるかしそうなもの。拳銃を持たせたから、反射で引き金を引いてくれることを期待したのに。僕を殺してくれることを期待したのに。
「だって同じことを考えていたから。政樹くんが拳銃を渡してくれなかったら、私があなたに拳銃を渡していたわ」
やっぱり京子さんは頭良いんだなぁと感心した。僕が考えることを正確に把握している。頭が良いというか人を見る目があるというか。
「僕を殺してくれても良かったのに」
「嫌よ。私はあなたに生きて欲しいから」
やっぱり議論は平行線になる。なんとかして僕を殺してもらえる方法を考えないといけない。村長は「勿論、決まりに従わない行動をした場合、二人とも即座に射殺する。ここから脱走したり自殺したりな」なんてことを言っていたから迂闊なことは出来ない。良い策が思い浮かばないものか。
僕を殺してもらう方法か。なんでこんな後ろ向きなことを考えないといけないのか。どうせなら、どうせなら。
僕と京子さんの二人とも生き残れる方法とかないのかな。