~八月六日(朝)~ 長部京子
気持ちの良い目覚めだった。
昨日は殺人犯に仕立て上げられた政樹くんを助けるために島を駆け回った。政樹くんと共に診療所で一晩過ごし、一緒に朝食を食べていた。
「そっか、政樹くんは大学を受験するんだ
「うん。早く本土に戻って勉強したい」
「私はこの島から出ることは考えてないから、頑張ってどこか行こうとする人が羨ましいよ」
「京子さんは島から出たいと思ったことはないの?」
「あるわよ。今でも出たいと思っているわ。でもこの島の人間は村長の許可なく島の外に出られないの」
「許可?」
「ええ。ちなみにこの二十年の間、許可が下りたことはないそうよ」
つくづく閉鎖的な島だと思う。私も許可さえ下りればこの島から出ていきたい。
「因みに許可なく島の外に出ようとしたら、罰があるわよ」
「どんな?」
「食事中に聞かない方が賢いと思うわよ?」
「それもそうだね」
身体を少しずつ切断して海に流していくなんて食事中に想像したいような光景ではない。
「それより、僕は無事にこの島から出られるの?」
「それは大丈夫よ。一年前にも正樹くんみたいに漂流してきた人達がいたけれど、連絡船が着き次第、本土に送られたわよ」
「それは良かった」
次の連絡船が来るのは八月二十四日。あと十八日。それまで政樹くんといっぱい話が出来たらいいな。
そんな楽しいことを考えていた。
「失礼する」
朝から診療所に入ってきたのは、般若の面をした男。昨日と同じように不躾に人の家に上がりこんできた。
「長部京子、寺子正樹。二人を拘束する」
「は?」「え?」
私と政樹くんから驚きの声が漏れる。
「一体、私が何をしたというの?」
私は般若に向かって質問する。般若は臆せず応える。
「島外接触の罪だ」
私は眉を顰める。島外接触なんて罪は知らない。私は小さい頃からこの島の決まり事には何回も目を通してきている。そんな決まりはなかったはずだ。
般若は猟銃を構えて、こちらに向ける。私と政樹くんは両手を挙げる。
「ついて来てもらおう」
不服ではあるけれど般若に従うしかなかった。詳しくは村長を問い詰めるしかない。
四人の般若に連行されて来た場所は、村長の家の隣にある集会所。寺のような建物で大きな畳敷きの部屋に通された。五十畳くらいの大きな和室。島全体で何かするときに使う部屋。中央に大きな柱が二本あるが百人くらいは入れる部屋。その部屋の中央に私と政樹くんは並んで座らされた。二人とも腕は縄で縛られているから身動きが取りにくい。
「一体、どういうこと?」
私は上座にいた村長を睨みつける。
「いい気味じゃな。小童ども」
村長は縛られている私達二人を見下ろす。
「島外接触の罪なんて聞いたことないわよ。だいたい何に対する罪なのよ」
「島の人間は儂の許可なく島の外の人間と関わることは許さん。これは島の人間を守るために必要な罪じゃ」
「そんな罪聞いたことないわよ。いつの間にそんな罪が出来たのよ」
「聞いたことないのは当たり前じゃ。昨日作ったからの」
酷過ぎる。制定から施行まで一日も掛からないのか。事前予告も周知も無しで法が運用されるなんて、ただの村長の我儘でしかない。私と政樹くんを捕まえるためだけに権力を存分に活用してきた。
「そんなに私達のことが憎いの?」
「憎い?何のことじゃ? 儂はただ島の決まりに従ってお前たちに罰を与えるだけじゃ」
村長はしらばっくれた。何が何でも私達に罰を与えたいらしい。そもそも自分で設定した刑罰が中森武によって運用が失敗したのだ。政樹くんにうまく罪を着せられなかったところで、私や政樹くんが恨まれるのは完全に筋違いなのだが。
「これだから余所者は島の平和を乱していかんのじゃ」
こんな傍若無人な村長に統治されて、この島は平和なのだろうか。いや平和ではない。少なくとも私は平和であるとは判断を下せない。
村長は縛られている私と政樹くんの前にナイフと拳銃を一本ずつ置いた。
「島外接触を犯した者の罰は殺し合いじゃ」
「殺し合い?」
私は威圧感の強い声で村長に聞いた。
「島外接触をした者達で殺し合いをしてもらう。生き残った一人のみ正式に島の人間とする」
「何よ、そんな無茶苦茶な決まり?」
「無茶苦茶ではない。これがこの島の決まりじゃ」
村長は自信満々で言い放つ。
「勿論、決まりに従わない行動をした場合、二人とも即座に射殺する。ここから脱走したり自殺したりな」
「自殺?」
「うむ。相手を生かすために自殺したのでは面白くない。愛し合う者同士で醜く殺し合え。儂はそんな醜く邪で穢れた人間の様を見たいのじゃ」
もう罪がどうとか罰がどうとかという建前も無くなって、村長が「見たい」という理由でこの罰を行っていることを明言された。
「それでは、面白い見世物を期待しておるぞ」
そう言って、村長と般若達は部屋から出て行った。恐らく監視カメラか何かで私達の様子を眺めるのだろう。私達が殺し合うのを嬉々として見ていることだろう。
残されたのは縛られた私と政樹くん。二人の間にはナイフが二本と拳銃が二本。
二人の間を沈黙が支配する。殺し合えって言われても、いきなり「はい、殺します」なんて言えるはずもなく。
私は政樹くんを見ていた。政樹くんは顔を伏せていたけれど、やがて顔を上げて眼を合わせてくれた。その世界を正しく見ている眼を。
「どうする?」
私は政樹くんの眼に訴えかけた。
「京子さんは生きて。僕を殺していいからさ」
政樹くんの言葉は、私が考えていたものと同じだった。
「あら、奇遇ね。私も同じことを言おうと思っていたの」
私は明るい声で話す。なるべく死ぬのが怖いなんて悟られないように。
「政樹くんは生きて。私を殺していいからね」